イベント開催報告

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イベント開催報告

湯田温泉物語

 

 中原中也記念館では、9月30日から12月13日まで、企画展示「湯田温泉物語」と題して、湯田温泉にまつわる貴重な史料を展示しています。これだけの史料が一同に会した展示は初めてのこととおもいます。

 湯田温泉といえばなんといっても、中也が生まれ、少年期を過ごしたところです。今回の展示では、小学六年生のときの家から見た風景の描写作文と、中学生の時に短歌を「温泉集」と題してまとめて先輩と出した合同歌集「末黒野」と、亡くなる数ヶ月前に知人に実家へ引き上げることを知らせた書簡が展示されています。

 さらに今回はとても貴重なものが展示されています。西村屋旅館所蔵の杯と銚子です。中也は昭和8年12月に同旅館で結婚式を行っていますが、これはそのときに三三九度で使用したものなのです。

 俳人種田山頭火も湯田温泉にゆかりがあります。小郡の其中庵に住まうようになってから幾度も湯田温泉に入湯に訪れ、湯田温泉に風来居という庵をかまえていたこともあります。今回は、山頭火全集が編まれたあとに発見された手紙二点が展示されています。

 さらに、こちらも西村屋旅館所蔵の、山頭火が揮毫した短冊と色紙が展示されています。当時同旅館の西村米子さんが山頭火の句会に参加していて、知り合いだったのです。これは、直接米子さんに手渡されたものです。

 また、仁保出身の作家・嘉村磯多も湯田温泉に入湯していることがその書簡から分かります。大正時代の話で、その頃は四面水田の中に湯田温泉街はあったとあります。

 湯田温泉を写した写真は少なく、貴重なものです。これは湯別当湯原提供の写真で、昭和四年以降の風景です。

 現在の元湯通りと錦川通りの交差点の写真です。個人提供。写っている石橋は江戸時代からのものです。象が歩いたときに壊れたそうです。

 左手の二階建ての家屋が西村屋旅館だそうです。

 これは湯田温泉株式会社の施設の平面図です。昭和四年開業した千人湯または千人風呂といったほうがいいでしょうか。山頭火が通った温泉です。現在のホテル松政がある場所で営業されていました。

 これは湯田温泉の竜泉寺に所蔵されている、大内義興から拝領したといわれる硯です。貸し出して一般に公開されることは滅多になく、これで三度目だそうです。竜泉寺には、大内義興が湯田温泉の発見に寄与した伝承があります。

 防州吉敷郡湯田村温泉記です。湯別当野原所蔵のもので、江戸時代に湯田温泉について書かれた貴重な文献です。

 三条実美が湯田温泉に滞在したことは幕末史で有名です。これは明治以降になって作られた七卿回天史絵巻です。

 昭和2年に鉄道省が刊行した「温泉案内」です。全国の温泉地の中に湯田温泉が紹介されています。

 明治23年に湯別当野原に山口県が渡した文書で、温泉は病気治療の場として効用があるとしたものです。

 戦後も有名な文人が湯田温泉を訪れています。司馬遼太郎が「街道をゆく」で最初に長州をとりあげたとき、松田屋ホテルのことが出てきます。これは同ホテル所蔵の色紙です。

 こちらは有名な歌人、吉井勇の書簡です。吉敷川にホタルを詠んだ歌碑が建立されています。

  企画展示 「湯田温泉物語」
【会期】平成21年9月30日(水)〜平成21年12月13日(日)
○草稿・ノート
中原中也「その頃の生活」
○単行本
作間久吉『維新実談七卿芳跡』
東久世通禧/文、田中有美/絵『七卿回天史絵巻』
井関九郎/選『現代防長人物誌 地』
作間久吉/編『防長肖像鑑』
中原中也他『末黒野』
嘉村礒多『崖の下』
鉄道省『温泉案内』
司馬遼太郎『街道をゆく 一』
司馬遼太郎『花神』全4巻
司馬遼太郎『世に棲む日日』全3巻
『花神』NHK大河ドラマ・ストーリー
『現代紀行文学全集 西日本篇』第4巻
畑正憲『ムツゴロウの結婚記』
○雑誌
「文芸」第6巻第8号
○その他
中原中也筆阿部六郎宛書簡(昭和12年7月7日)
種田山頭火筆池原魚眠洞宛書簡 4通
吉井勇筆中野仁義宛書簡 2通
種田山頭火短冊
種田山頭火色紙 2枚
花形の硯
杯と銚子
防州吉敷郡湯田村温泉記
鉱泉医治効用并療法心得書
湯田温泉株式会社 平面図

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