イベント開催報告

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イベント開催報告

花神ふたたび−大村益次郎とその末裔

 

3月16日から5月9日まで、山口市歴史民俗資料館の企画展として、「花神ふたたび−大村益次郎とその末裔」が開催されています。大村益次郎の新収蔵資料が49点展示されています。
 「花神」とは、大村益次郎を主人公とした司馬遼太郎の小説のタイトルで、最近の若い方は知らないと思いますが、1977年にNHK大河ドラマになりました。
 ぜひこの機会に、山口市鋳銭司出身の大村益次郎の生涯を振り返られてはいかがでしょうか。

 これは明治2年、大村益次郎の軍功にたいし明治新政府から永世1500石賜給するという「永世下賜状」です。他にも従二位が贈位されたときの書状などが展示されています。栄達せねばみることがないものとおもえば貴重さがしみじみと伝わってきます。

 これは益次郎着用の、いうなれば礼服の一部です。西洋の学問を学び、西洋式に軍隊を改変した益次郎ですが、生涯洋服は着たことがなかったそうです。

 益次郎自筆の数学ノートです。いろいろと数式が書かれています。数学が好きな方はぜひご覧なっては如何でしょう。

 今回、同館の職員の方々が、「幕末維新防長異才番付」を作成されています。異論のある方は隣に、来館者が番付をできるボードがありますので、そちらで独自の番付を作成されては如何でしょう。

 こちらは特別展示コーナーです。ニュースにもとりあげられました、仁保の畑から出た銅銭入りの壺と、萩往還の脇から出た銅銭です。

平成22年1月、山口市仁保の溝を掘っていたところ、地中から出てきたものです。高さ約30p、最大経約25pの大きさです。一箇所から大量に銅銭が出土した事例は日本各地で300例程あり、市内では昭和47年に興隆寺跡遺跡で見つかった出土銭についで2例目です。埋められた理由については、土地の神に捧げたとする「埋納銭」とする説や、再利用のために貯めておいた「備蓄銭」とする説などがあり、今回の「仁保丸山出土の銅銭」については明らかになりませんでした。

 まだ壺の中に埋まっている銅銭の調査は行われていませんが、同じ場所から出土した銅銭を調査すると、一番古いもので621年、一番新しいもので1260年で、いずれも中国の銅銭とのこと。

 平成21年11月、夏の豪雨で被害にあった萩往還の路肩の復旧工事中に見つかった銅銭316枚です。わら紐を通して束にしたものが76枚、ばらばらなものが240枚ありました。

 これらを調査すると埋められたのは元禄10年(1697)から明治元年(1868)までの間とおもわれるそうです。埋められていた理由として、旅人が道端で落としたか、一時的に隠したかが考えられるそうです。

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