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イベント開催報告

山口と七卿落展

 

 4月26日から6月15日まで、山口市菜香亭で、七卿落と山口との関わりをふりかえる「山口と七卿落展」が開催されています。
 山口市内で七卿落をテーマとした展覧会はおそらく初めてとおもわれます。
 ※期間中、一部展示替えあり

 山口市内で七卿落といえば、湯田温泉の井上公園にある七卿の碑がすぐにうかびます。
 そこは明治の元勲井上馨の実家があり、井上家は三条実美が滞在した場所です。
 平成24年3月30日をもって、それまでの「高田公園」から旧に復して「井上公園」に名称が変わりました。これを期に行われた企画展です。

 井上公園は市民に親しまれていますが、その歴史をあらためて知る貴重な機会です。昔の写真や園内の史跡が紹介されています。

 七卿は、山口市はもとより、防府市・下関市・上関町・萩市など県内各所に足跡があり、今回の企画展ではそれらが地図と写真パネルで紹介されています。
 ※防府市は前期のみ。後期は下関市など。

 また、山口市小郡文化資料館には三条実美ら五卿が使った箸が寄贈されて保管されており、こちらで展示されていました。なかなか見る機会がなく、知っている人も少ないとおもいます。

 山口市菜香亭の大広間には三条実美の扁額が常設されていますが、七卿落の一人東久世通禧や、三条公の秘書の役割を果たした土方久元伯爵の掛け軸も所蔵されており展示されています。
※前期のみ。後期は毛利元徳ほか掛け軸展示

 歴史好きな人に好評なのが年表です。七卿落の年表はこれまでなく、整理されたものをみると、茶臼山や氷上山でウサギ狩り、ふしの川で鯉狩り見物、ほうべん山登山、ほかにも桜に藤に滝を見に出かけて和歌も詠み、と風流にすごしていることがわかります。

 戦前に七卿落について書かれた本が展示されていますが、これまでの立派な七卿落の歴史でなく、市民にとって身近な歴史でもあることがわかる企画展です。

※七卿落とは
  幕末の文久3年(1863)は長州藩を主とした攘夷運動が最高潮に達していました。 攘夷派は、天皇が攘夷に出陣するよう仕向けるためにまず大和行幸を画策しました。これに危機感を抱いた薩摩・会津両藩を中心とした公武合体派は、長州藩ら攘夷派を朝廷から閉めだす一掃計画を立て、8月18日に実行します。これによって長州藩と、同調していた7人の公家は、京都から追放されたのです。これが世に言う「八・一八政変」です。
 一旦引いて態勢を立て直すため、三条実美・三条西季知・東久世通禧・壬生基修・四条隆謌・錦小路頼徳・沢宜嘉の7卿と長州藩兵以下2000人は、洛東の妙法院から兵庫に向かい、そこからは総勢400人が20隻の船に別れて三田尻港(現山口県防府市)を目指しました。 これがいわゆる「七卿落」です。
 七卿は防府に来て、のち山口に移りました。また長府に移り、慶応元年(1865)1月、さらに筑前は太宰府におもむきました。長州藩にとどまること、およそ1年半。この間、沢卿が去り、錦小路卿が逝くなりました。
  慶応3年(1867)12月、王政復古の大号令の前夜、朝議にて赦免され、官位や諱が復されると、それぞれ明治政府の要職に就きました。

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