イベント開催報告

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イベント開催報告

県立博物館歴史常設展「明治維新150年に向けて」

(2014・6・18/更新7・1)
 

 山口県立山口博物館の歴史は、明治45年設立の防長教育博物館に始まります。防長の維新史料等を蒐集陳列する事を目的に設置され、維新史料や防長先輩の遺物遺墨が陳列されました。現在の建物は昭和42年建設のものですが、敷地内に大正6年建設の維新記念室が残されています。

 設立当初からの目的の関係で、同館には、幕末維新に関する貴重な史料がたくさん保管されています。最近でも杉孫七郎の曾孫にあたる方から孫七郎関係資料約800点が同館に寄贈されており、益々充実しています。これらの史料は歴史室で展示されています。

 平成30(2018)年は明治維新から150年となります。同館歴史展示室では明治維新150年に向け、関係する資料を随時公開されています。今回の常設展示では、没後150年となる周布政之助の関係資料や、ペリーの来航と長州藩、尊王攘夷運動と長州藩に関する資料などが展示されてます。

 こちらはキオソーネが描いた毛利敬親の肖像画です。キオソーネは明治8年来日し、当時の紙幣の原版を製作しました。また明治天皇や西郷隆盛などの肖像画を製作した事でも有名で、みなさん一度は目にした事あると思います。その近代史に名を残すキオソーネが敬親も描いていたことが知れます。

 NHK大河ドラマ「花燃ゆ」の重要な登場人物、久坂玄瑞の史料も展示されています。
 こちらは安政6年(1859)1月の久坂玄瑞が書いた「吉田寅二郎(松陰)訴免状」です。松陰が野山獄に投獄されたことについて訴え出たもので、「松陰の投獄を聞いて驚いている、松陰の誠心は国に報いるもので、それを獄に投ずるとは悲しむべきことだ」と書いてます。このあと松陰は江戸へ送られ、10月27日処刑されます。

 こちらは文久元年(1861)12月1日に書かれた「一燈銭申合」です。これは松下村塾が、塾から一種の政党へ変貌するきっかけとなった歴史的な史料です。お金がなくてはいざというときに活動できないから、亡き師松陰の写本を作ってお金を積み立てようと誓い合った書です。久坂はリーダー的な存在で、久坂がいるとまとまるのですが、江戸出張などでいなくなるとバラバラになり、この活動もやがて尻すぼみにおわります。

 こちらは、文久2年(1862)7月4日に書いた「長井雅楽断罪文」です。長井は開国と公武合体論を説く「航海遠略策」を著して藩主から激賞され、その策を藩の意見として朝廷と幕府に働きかけたところ評判良く、長州藩を幕末の中央政治に登場させたきっかけとなりました。しかし久坂玄瑞はこの意見を激しく批判、とうとう藩論を攘夷に変えさせました。長州藩が日本史に刻んだ活動の第一歩となる貴重な史料です。

 また、今年没後150年をむかえる周布政之助についてもコーナーを設けられて紹介されています。
 こちらは肖像画。作者・年代不明。
 周布は藩の重臣として幕末の長州藩の動向をリードした人です。その結果、禁門の変で朝敵となたことから責任をとって市内矢原の吉富家で自害します。碑と墓が、それがそこにあることから名づけられたその名も「周布町」にあります。

 同館には周布家から寄贈された貴重なものがたくさんあります。
 こちらは周布の陣羽織と、酒好きな周布の酒器です。

 この常設展の展示は秋までの予定です。常設展となってますが、企画展なみの貴重な史料の展示です。

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