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イベント開催報告

明治・山口の美とこころ―郷土史家 近藤清石の世界―

(2016・4・14/更新5・1)
 

 4月1日から5月29日まで、山口市歴史民俗資料館で、「明治・山口の美とこころ―郷土史家 近藤清石の世界―」が開催されています。
 近藤清石は1833年に萩で生まれ、1916年に亡くなりました。墓は市内の神福寺にあります。

「近藤清石は明治期の山口県を代表する郷土史家であり、和歌や書画にも優れた才能を発揮しました。山口県の地誌編さん事業に携わったのち、『大内氏実録』『山口県風土誌』など多数の著作を著し、現在でも高く評価される業績を遺しました。後半生は山口市八幡馬場に暮らし、雲谷庵の研究や大内塗の復興を行うなど、山口と深い関わりをもちました。  

 本企画展では、特に清石の和歌と書画の作品や、大内塗復興の際の資料を中心的に紹介し、清石の足跡を通して近代山口における文芸と美術工芸の動向を探ります。」(同館HPより)

 こちらは明治に発掘された赤妻古墳を調査してまとめた「赤妻古墳記」。県内の考古学研究の先駆けです。

 こちらは「雲谷庵志」。雪舟のアトリエ再建として観光客を集めている雲谷庵は明治17年に近藤清石が中心となって室町時代の古材を使って建てたものです。


 近藤清石は絵画にも通じていました。萩藩に仕えた画家羽様西涯(松陰の肖像画を描いた松浦松洞の師匠)に学んだようですが、特に何派に分類されるものではないということです。
 展示されている絵は晩年の作品です。画家としても一本立ちできるような腕前だったことがわかります。


 


 また、国学者近藤芳樹(防府市出身。幕末後期から明治にかけて活躍。宮内省文学御用掛)に学んで、和歌にも通じていました。歌集の他、多くの短冊を残しています。


 明治18年の初の山口行幸のさいに、展覧に備えて県内の古器物類の調査をしました。この本はそのときの解説目録です。


 大内氏の研究の第一人者で、この本は、大内菱を研究したものです。


 多くの業績を残していますが、現在の大内塗も近藤清石の功績の一つです。展覧準備で発見した大内氏時代の什器をもとに大内塗を復興させました。


 最近、市歴史民俗資料館ではユニークなサービスが行われています。
 こちらは五重塔の模型と記念撮影コーナー。同館のマスコットとともにパチリ。


 こちらは折り紙で作る大村益次郎の顔。


 同館の前には、体験教室で行う材料、蕎麦が植えられています。


 こちらは藍染体験教室で使われる藍。
 同館史上初めてです、こういうのが栽培されるのは。学芸員のがんばりにも注目です。

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