イベント開催報告

HOME >> イベント開催報告

イベント開催報告

企画展「四境戦争と山口」

(2016・7・31/更新8・1)

 8月31日まで、山口市菜香亭で、企画展「四境戦争と山口」が開催されています。今年は慶応2年(1866)に起きた四境戦争(第二次長州征伐または幕長戦争)150年めの年です。
 大島口、芸州口、石州口、芸州口の4つの戦いを紹介しているのは県内ではここだけです。

 最初に戦争が起こったのは大島口です。6月8日、幕府軍を中心とする征長軍が周防大島を襲撃、後日再度襲撃し上陸、町を占拠しました。しかし20日には長州藩軍が奪還、征長軍を追い払いました。

 この戦いのエピソードがたくさん紹介されています。
 幕府に逆らう長州藩を懲らしめようと始まった戦ですが、幕府軍が一般民衆をも被害にあわせたので世論が長州に味方するようになった戦いです。

 ついで6月14日、広島藩と長州藩の境で戦が起こりました。芸州口の戦いです。広島本営に近いことから最も軍勢が多く、激戦となりました。8月9日、長州藩軍が広島まで10kmのところまで占領し、征長軍は広島に撤退。休戦となりました。

 各戦地にのこる史跡が網羅されて紹介されています。

 6月16日、長州藩軍が浜田藩の益田まで攻め込んで、石州口の戦いが始まりました。大村益次郎が天才的な戦略で次々と征長軍を撃破し、7月18日に浜田城が落ちて終わった戦いです。

 石州口攻めの長州藩軍は山口市阿東生雲に駐屯していました。そこから益田までの足跡を詳しく紹介されています。

 6月17日、長州藩軍が小倉藩の門司・田野浦を攻めて小倉口の戦いが始まりました。高杉晋作と坂本龍馬が軍船を率いてともに戦ったいくさです。小倉藩は10月10日まで戦い続け、四境戦争でもっとも長くかかったいくさです。

 パネルでは小倉城が落ちるまでの3回にわたる戦いが詳細に紹介されています。

 また関門海峡のジオラマで、その戦いを立体的に紹介されています。

 山口の町は司令部として機能していました。その紹介も行っています。
 さらに幕府側の動きや、山口・各境口の出来事を年表で掲示しています。比較するとほぼ同時に四境で戦っていることが分かります。

 四境戦争は人数に劣る長州藩軍が四か所の戦線で同時に戦ったたたかいで下馬評は幕府軍が圧倒的有利でした。同会場ではこの戦いで奇跡の勝利をもたらした毛利敬親、桂小五郎、高杉晋作、井上聞多の等身大パネルが飾られています。一緒に記念撮影されて往時にタイムスリップした気分になられてはいかがでしょうか。

HOME | ↑ このページのトップに戻る |