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イベント開催報告

初公開!周布政之助資料

(2016・3・9/更新4・1)


 山口県立博物館で、1月24日から3月26日まで、「初公開!周布政之助資料」が開催されました。


 会場は歴史展示室の一角に新たに設置された松下村塾を模したコーナーです。床が畳模様となっておりますが、靴を脱がずに上がれます。

 周布家から新たに寄託を受けた周布政之助の資料が紹介されました。初公開です。
 周布政之助は幕末の長州藩を主導し、藩が朝敵となった責任を取って市内で自害しました。市周布町には記念碑があり周布公園として整備されています。


 これは周布政之助愛用の染付水指(みずさし)です。
 愛用の品を見ると、その人の性格嗜好がわかります。


 周布政之助愛用の、古銅花入(こどうはないれ)です。


 政之助の奥様・千代の愛用品の錫(すず)コップです。


 周布政之助愛用の焼き物で、淡路a平焼古茶碗です。淡路島の三原郡稲田村で、文政年間(1818〜30)に大地主の賀集a平が始めた陶磁器です。


 周布政之助愛用の焼き物で、粟田焼です。京都粟田口で焼かれたもので、表面に鶴亀が配されています。


 周布政之助が藩主から拝領した盃です。安政6年(1860)12月16日、藩主毛利敬親が、左近衛権中将に昇進した際、祝宴の席で拝領したものです。箱の蓋裏には周布政之助の自筆で由来が描かれています。


 周布政之助愛用の盃です。宝船が配されています。天保9年(1838)11月、周布政之助の元服に際して山中氏から贈られたものです。


 周布政之助愛用の茶本。槻(つき)茶本といわれています。槻はケヤキの古名です。


 左が周布政之助、右が藩医の長野昌英。文久2年(1862)京都で撮影されたものです。包み紙に墨で由来が書かれてあります。
 1862年の時点で写真に写っているというのは早い方で、進取の気象に富む性格ではないかと察せられます。


 こちらは甲冑陣羽織姿の周布政之助。同じ時同じ所で撮影したものかもしれません。


 烏帽子姿の周布政之助。やはり文久2年の写真です。
 周布政之助の写真はこの3枚かぎりです。正装よりも最初のリラックスした時の写真が地の姿を髣髴させて面白いです。


 これは周布政之助を描いた油絵です。戦前の昭和期に作成されたもので、作者不明です。


 周布政之助夫人千代の写真です。明治13年9月27日撮影。政之助の17回忌の翌日に当たります。記念に撮影したのでしょうか。


 周布政之助夫人千代の油絵肖像画です。政之助とセットで作成されたものです。


 周布家家族写真です。明治10年代後半から20年代前半に撮影されたもので、東京九段坂の鈴木真一撮影。
 貴重な資料ばかりで、今後研究が進めば新たな周布政之助像があらわれてくるかもしれません。

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