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イベント開催報告

企画展「とある神社の文書群 江戸から明治へ!山口の神社の変遷」

(2017・3・9/更新4・1)
 


 3月9日(金)から5月6日(日)まで、山口市歴史民俗資料館で、企画展「とある神社の文書群 江戸から明治へ!山口の神社の変遷」が開催されています。

「明治初年の神仏分離令にはじまり、新政府が打ち出していった宗教政策は、各地の神社に変化を促しました。そのとき、山口の神社では、なにが起こり、どのような影響を受けていたのでしょうか。 

その歴史を知るための鍵となるのが、古文書を中心とした歴史資料です。教科書に載っているような大きな歴史と山口の歴史のつながり、また、山口に流れていた江戸から明治への時間のつながりを、のこされた資料から読み解いていきます。」 


 この企画展では山口市仁保にある舟山八幡宮の神主だった宮ア家の寄贈史料文書群より、江戸から明治にかけての山口の神社の変遷が紹介されています。


 とはいえ文書が中心ですから、このようなものが展示されているわけですが、おそらく一般の方は読めないと思います。それを同館の学芸員の方々が読まれて翻刻されて、さらに書かれている内容を調査して、わかりやすく発表されています。


 


 その説明も、このように図を多くしてわかりやすく理解できるよう工夫されています。
山口市は江戸時代萩藩の領内でした。天保の改革では1842年に元禄期に作成された根帳に登録されていない寺社堂庵を淫祠として取り除く淫祠解除が実施されましたが、そのとき仁保村では舟山八幡宮以外の全ての神社が取り除かれようとしたので8社は残してほしいと請願されました。


 また、舟山八幡宮では3家の神主がおり、それらがもめると、萩藩内の山口宰判の管轄なので、そこの寺社関係部署に伺いを立て、部署の担当者は「山口十社大宮司」に対応を任せ、自分たちで調整解決するような仕組みになっていたことがわかります。


 ちなみに「山口十社大宮司」とは、当時山口盆地にあった今八幡宮・伊勢・祇園・厳島・仁壁・山王・多賀・古熊・諏訪・熊野の各神社の大宮司の事です。
 また、半間中という存在に仲裁をまかすこともあり、この場合は、長野村八幡宮・桜木大明神・小鯖村八幡宮と仁保村八幡宮がそのグループを形成しており、神社同士のつながりがいろいろあったことがわかります。


 また展示は明治以降の事も紹介されています。さらに宮崎家がどのような書物を所蔵していたかも分析されています。
 山口の神社がどのような歴史を経ているか、初めて紹介される企画展として非常に重要なものですのでぜひご覧ください。


 ちなみに文書の中には藩からのお達しの回覧文のようなものもあって、名前の横に縦の線が書かれてあるのは、その人が見たよという印だそうです。勉強になりますね。


 企画展では文書ばかりではなく、同館に所蔵されている神社関係の寄贈品も併せて展示されています。いずれも貴重な史料ですので、この機会にぜひ生でみてください。


 郷土の歴史を深く知る作業は、中央・地方の考え方とは無縁なもので、今生きている場所の価値を気付かされるものです。あらためて市歴史民俗資料館の重要さがわかります。


 


 また、今回は入口に文字から作ったパズルがあります。子ども達でも楽しめる企画展です。

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