イベント開催報告

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イベント開催報告

(2019・6・1/更新5・4)
 


 4月17日から7月28日まで、中原中也記念館で企画展「沸騰する精神―詩人・上田敏雄」が開催されています。


 上田敏雄は明治33年、防府市大道に生まれました。旧制山口中学卒業。慶応大学在学中に詩壇に登場。昭和3年、弟の保、北園克衛と、日本初のシュルレアリスム宣言を発表します。


 昭和4年詩集「仮設の運動」を刊行。中原中也とは昭和6年に東京外国御学校の同級生の間柄でした。また弟の保は中也とすでに山口中学時代に知り合っています。


 今回の企画展は、初の回顧展といえる展示で、門外不出だった貴重な資料など多くが初公開です。


 1982年に亡くなるまで詩の活動を行い、最後まで変化し続けた上田敏雄の全貌をご覧ください。


 上田は1925年に雑誌「日本詩人」に作品が掲載されてデビュー。そのころから3年間、スクラップブック7冊に詩的実験を書きつらねています。わずか3年間の間にどんどん変遷していったことがわかります。


 「擬体学」と題して「空間に突起をつくる砲兵の変身/大なる森林を大なる靴を穿いてあるく/凹面をなめる工兵学の鰭」。これが一番わかりやすいでしょうか。


 このスクラップブックは表紙に「禁公表」と書かれており、これまで公開されたことが無く、今回遺族の了解を得て初公開です。


 この企画展の目玉であり、一人の詩人がどのように考えを深めていったか思考が分かる資料です。


 上田の字です。このような字を書く人です。


 戦中の未刊の詩集。原稿だけ残されています。


 これが当時勤めていた学校の出席簿に書かれています。戦中で紙が不足していたとみるか、出席簿の空欄すらアートとみたか。


 上田は詩を書くスピードが速く、また一度書き上げた後もどんどん加筆していったので、貼り足した加筆の紙すらも形態のアートにみえます。


 シュルレアリスムは知的な操作が主で、その結果一人一人が哲学者の色合いをもち、一人一人が個としての流派を作っているような感じです。シュルレアリスム派とひとくくりにできるものではなく、上田敏雄によるたったひとりの上田敏雄派といった感です。言葉づかいも、世間で使っている意味合いとは別の意味合いを持たせているので、一読理解できるものではありません。しかし作品をおって繰り返し読んでいればその人の言葉の意味合いがつかめてわかるようになっていきます。詩に共感するものではなく、既存の言葉の組み合わせでは不可能な言語感覚を感得できる、それがシュルレアリスムで、上田敏雄の詩からしか感得できない感覚を上田敏雄派というという感じじゃないかなとういうのが素人の感想です。
 中也はシュルレアリスム運動について理解は示していますが、目標とする詩を創作するにたどり着けない運動で思いつきに終わるだろうと述べ、かつ「芸術作品には、一人に人間が生きていた、といふ感じの何ものかが、必ずやなくてはならないといふ事で、さもなければ読む方でつまらないばかりか、作る方で空虚なことでしかない筈だ」と自身の詩論を述べています。
 この企画展に足を運ぶと、中也とは違う路線の詩から中也の詩の特徴がかえって浮かび上がってくると思います。


 会場には晩年、上田敏雄が自身の詩について説明する音声を聞く事が出来ます。これを聞くと更に上田敏雄を理解できると思います。
 シュルレアリスムの運動は現代詩に大きな影響を与えていますが、その発端に地元ではほとんど知られていない地元出身で後半生は地元で活躍した詩人がいたということは、山口に住む人ならばもっと知ってよいとおもいます。

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