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イベント開催報告

講演会「山口総鎮守・今八幡宮の歴史」

(2020・2・1/更新3・1)
 

 2月1日夜、講演会「山口総鎮守・今八幡宮の歴史」が、山口市菜香亭で開催されました。
 山口市の歴史は大内氏時代と幕末時代の2つの主要な歴史がありますが、それぞれを通した歴史を有する寺社の歴史を学ぶことで、郷土の長い歴史を感じようという企画です。


 当日は87名の参加者がありました。


 講師は今八幡宮宮司の小方礼次さんです。今八幡宮の宮司として19代目にあたる方です。

 神社の種類はたくさんありますが、それぞれに祭神・本社・神使が違います。
 稲荷は宇迦之御魂神・伏見稲荷神社・狐。天神は菅原道真・北野天満宮・牛。熊野は伊邪那岐日真名子・熊野大社・八咫烏。春日な天児屋根命・春日大社・熊。八坂神社は素戔嗚尊・八坂神社・鷺。 そして八幡は応神天皇・宇佐神宮・鳩です。


 市内中心部の大殿地区には神社が8、白石地区は1、湯田地区は2、宮野地区は2、吉敷地区に3社あります。


 氏子世帯数は多い順に、今八幡宮6355、仁壁神社5816、朝倉八幡宮4304、土師八幡宮3236、赤田神社2760、熊野神社2022、古熊神社1571、畑河内神社24。


 他の八坂神社・築山神社・野田神社・豊栄神社・山口大神宮・多賀神社・木戸神社・山口縣護国神社は氏神神社ではないので氏子はいません。


 今八幡宮は大内氏時代に作られた山口町の北東に位置し、鬼門除け(鬼門封じ)の役割をもつ神社です。邪気の侵入から町を守るために最も遠い角に設けられました。


 創建年代は不明ですが鎌倉時代の1244年以前にはありました。
 文明3年(1471)大内政弘が朝倉八幡宮を合祀して山口の鎮守となりました。


 もとは宇治皇子(仁徳天皇の弟)一柱を祀る珍しい神社でしたが、このときに宇治皇子の父応神天皇・祖父仲哀天皇・祖母神功皇后、それに玉依姫命(神武天皇の母)を祀る神社になりました。
 


 今八幡宮の「今」は、宇治皇子の事とも言い、宇佐神宮に対して「新しい」「分社」の意味でつけられたともいいます。ちなみに山口では古熊神社の旧称が今天神、山口大神宮の旧称が今伊勢という時期があります。 


 今八幡宮の鳥居に掲げられている額の「八」は八幡宮の神使いの鳩をかたどっています。 

 現在の社殿は大内義興が文亀3年(1503)に建立したもので、重要文化財になっています。
 大内義隆が参るときは館から牛車に乗ってふもとまで来、そののち輿にのって参道をのぼっていったとのこと。 

 江戸時代、山口で両社といえば今八幡宮と仁壁神社のことで、+八坂神社を三社、+山口大神宮・多賀神社を五社、+古熊神社を六社、+厳島・諏訪・山王・熊野神社を十社とよび、それぞれに応じて藩の対応が違ったとのことです。

 ちなみに大内氏埋蔵金伝説があり、大内義隆が陶晴賢の謀反で逃げるときに埋めたとされ、明暦2年(1658)当時の宮司が長年の禁忌を破り堀ったところすぐに銀子10枚が出てきました。しかし安永8年(1779)侵入した賊によりすべて盗まれたそうです。


 江戸時代末には諸隊の一つ、八幡隊の結成場所になりました。そのためか七卿落ちの一人三條西季知や土方久元などの書が残されています。 


 現在は秋祭りが地元の人によって催されて、いまでも愛されていることが分かる神社です。

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