イベント開催報告

HOME >> イベント開催報告

イベント開催報告

企画展「城下町」山口(前期)

(2020・4・5/更新5・1)
 


令和2年4月1日から令和2年7月13日まで(前期5月25日まで。後期は5月27日から)、十朋亭維新館で企画展「城下町」山口が開催されます。観覧料金は大人(高校生以上)200円、小人(小中学生)100円。


 1871(明治4)年の廃藩置県により山口県となり県庁は山口市に置かれました。「県都」山口成立の源流を訪ねると、1863(文久3)年の山口への藩庁移鎮にたどり着きます。


藩が本拠地を移した主な理由として、一つに外国の軍艦の攻撃を防ぐのに、内陸部にあって防御に適している。もう一つに藩の中央に位置しているため藩内各地に指示を出しやすかったということが挙げられます。


 


 中央に見える大きな掛幅装は、防州山口城図。四境戦争(第二次長州征伐)前に描かれました。山口城を中心に城館や警備の配置を記した図ですが、城館は全て、警備は一部が架空になっています。


 周防山口之図です。山口に通じる諸道と、配置された関所を描いた図です。山口移鎮に際して防備が固められたことが分かる図です。四境戦争の終盤に描かれました。


  「城下町」山口の面影は今日でも垣間見ることができます。例えば、山口県庁の周辺では、お堀や土塁などの山口城の遺構を見ることができます。枕流亭や十朋亭といった維新の志士たちが集い語らった建物も確認できます。


 ここで紹介する鴻城九図は明治維新期の山口を描いた錦絵です。もともと字法泉寺(滝町)にあった厳島神社が川縁に描かれているので、山口城の築城に際して同地を引き払い、象頭山麓(椹野川縁)の現在地に移転した1864(元治元)年以降の山口の様子を描いていると考えられます。本図の特徴として、一つに川や橋が多く描かれていること、もう一つに山口を象徴する山である鴻ノ峰がいくつかの図に描かれているということが挙げられます。


  藩庁の移鎮により、新たに藩の施設が設けられ、行政機能が萩から移転するなど山口の「城下町」化が進みました。また、藩主の家族や、少なからぬ家臣団が萩から山口に移って来ました。


 


  越荷方会所表札です。山口に設けられた役所の中には、既存の町屋を利用したものもありました。その一つに萬代利兵衛宅に充てられた山口越荷方会所です。輸入品の反物などの専売機関を担っていました。


 御屋形普請中用達任命です。藩から萬代甚七(利兵衛の弟)に対し、新御屋形(山口城)普請中、用達(公用において物品や資金を調達した御用商人)を仰せ付けるとの示達です。


 客館町奉行所建調用達任命です。藩から萬代甚七へ、客館(藩の迎賓館)及び隣接する山口町奉行所の建設に当たり、用達を仰せ付けるとの示達です。客館と町奉行所は、現在の山口地方裁判所あたりに設けられていました。


 来年が廃藩置県による山口県の成立から150年の節目に当たります。「県都」山口の源流を成す「城下町」山口に思いを馳せる展示になっています。

HOME | ↑ このページのトップに戻る |