イベント開催報告

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イベント開催報告

企画展「城下町」山口(後期)

(2020・5・28/更新6・1)
 


5月25日で前期展示が終了し、後期展示が始まりました。


 山口領之図です。元治元年12月頃に書かれており、宮市(防府市)・小郡方面から山口にかけての関門など防備について記された刷り物です。図の余白には、山口城破却の状況を視察に訪れたことが書き加えられています。


「城下町」山口において萬代家は長州藩の密輸貿易の舞台であったと言われています。


 村田蔵六宛 正木市太郎手紙です。村田蔵六とは、大村益次郎のことです。慶応元年8月22日「先大津(下関市豊北町と長門市油谷・日置周辺)の肥中港で買い入れたピストールが萬代家に届いたので開封した。」とあります。禁門の変(蛤御門の変)に敗れ、朝敵の烙印を押された長州藩は、人目の着きにくい肥中港で取引をするしかありませんでした。


 また、村田蔵六宛 青木群平手紙では、尚々書で、「品物の代金を萬代に取りそろえたので同人より受け取るように」とあります。


 銃陣稽古場は、藩から萬代甚七(利兵衛の弟)に対し、銃陣(銃で武装した兵士の軍事配置)演習場の土地整備を仰せ付けるので、用達(公用において物品や資金を調達した御用商人)を務めるようにとの示達です。


 唐物其外売捌会所用達任命は、慶応2年3月頃に唐物(反物をはじめとした輸入品一般)などを売捌くための会所を設けるので、用達を務めるよう藩から萬代利兵衛に対し出された示達です。


 覚(客館普請献金受領)です。萬代利兵衛が客館(藩の迎賓館)の建設に当たり藩に献金したことに対する大年寄役(町奉行が有力町人から任命する自治的町政上最高の役職)からの受領書で、慶応3年12月26日に出されたものです。


 萩から藩を移し、城下町となっていく山口。長州藩の活動の中で、萬代家が拠点、舞台となった事業、萬代家の重要性の分かる展示になっています。

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