大内文化コラム

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大内文化コラム

●能「空蝉」〜大内氏後援番組

 

 当時の最高の文化人で、大内氏とも関わりの深い三条西実隆の日記である実隆公記(「山口県史 史料編 中世1」平成8年刊より)を読むと、永正6(1509)年閏8月26日に、大内氏の家臣である問田弘胤から、宝生流の新作猿楽「空蝉」の詞などの添削を頼まれています。そして、永正6年9月2日に熟覧して添削したのち返しています。

 永正6年といえば、大内義興が上洛して将軍足利義稙を補佐していたときで、またこの年には有職故実をしるした「大内問答」が成立しています。

 さて、能の番組には源氏物語を題材にしたものが多くあります。

 これもその一つ。源氏物語では「桐壺」「帚木」についで第3帖めにあたります。光源氏の求愛に、一枚の着物を残し逃げ去った女性が主人公です。

 内容が源氏物語に関係するので、当時の源氏物語研究の権威者である三条西実隆に添削を頼んだのでしょう。

 大内氏と宝生流のつながりについてははっきりとした記録はありませんが、大内氏の菩提寺「興隆寺」で毎年行われる最重要行事「二月会」に能が上演されていますし、よく都下りで来ているのでしょう、舞台で失敗したのをくやんで自殺した宝生役者の墓といわれるものがあります。

 残念ながら現在この番組は上演されることはありません。拙い作品だったのでしょうか。

 大内氏は能新作にも協力した証拠ということで、当時の文化に深い関わりがあったとおぼえてください。

 最後に、能「空蝉」どういった内容なのか、一部お読みください。

 

 空蝉

 

 「是は諸国一見の僧にて候。我いまだ都を見ず候ふ程に。此度都に上り。寺社古跡をも一見せばやと思ひ候。
「身の憂きを。思ひ知らずは如何にせん。思ひ知らずは如何にせん。\/。厭ふながらも廻る世は。かゝる旅寝の浮枕。野に臥し山を分け過ぎて。いとゞ見つゝも急がるゝ。月の都に着きにけり。月の都に着きにけり。\/。
「我都に上りこゝを問へば。三条京極中川の宿りとやらん申し候。実(げ)にや昨日今日秋の始めの庭の面(おも)に。まだなつかしき水の心ばへ。田舎(でんしゃ)家だつ柴垣して。そこはかとなき虫の声。梢の蝉の声々まで。実にあはれなる気色かな。古言(ふること)の思ひ出でられたるぞや。空蝉の葉に置く露の木隠れて。忍び忍びに濡るゝ袖かなと詠じけんも。此所にての事なるべし。あら面白や候。
なふなふあれなる御僧に申すべき事の候。
「此方の事にて候ふか何事にて候ふぞ。
「唯今口ずさび給ふ言の葉ぐさの末の露。本の心を思し召さば。光る源氏の御歌をば。何とて詠じ給はざらん。
「いや是は唯所から。梢の蝉の声に催され。唯何となく思ひ出でたり。さてさて源氏の御歌は如何に。
空蝉の身をかへてげる木の本に。猶人がらのなつかしきかなと。詠じ給うひし御返事は。
忍び忍びに濡るゝ袖。さては空蝉の御歌よなふ。
「中々なれやあはれ実に。こゝはゝかなき中川の。御方違(おんかたがへ)の跡ぞかし。よくよく弔ひたまふべしと。
「夕暮に。命かけたる蜻蛉の。\/。有りやあらずや問ふ人も。無き世なりけり。あはれと思し召されよ。実にや名残をば。庭の浅茅に留めて。物すごき夕べなりけり。\/。
「実にや葛城に。かゝる久米路の岩橋や。絶えにし跡は白雲の。遠き世語り申すべし。
「光る源氏中将と申せし頃ほひかや。
「彼中神のかごと故。此中川の御宿り。忍ぶ乱れ浅からず。
「其夜や憂かりけん。何心なき空までも。見る人からの天の原。月の光さへ。収まれる物から。影さやかなる有明の。
「つれなさを。恨みもはてぬ東雲の。
「取りあへぬまで驚かす。衣々の御名残。いかゞあるべき身の憂さを。歎くに飽かで明くる夜も。それのみならず空蝉の。もぬけも汐馴れし。いにしへを弔はせ給へや。
「昔語を聞くからに、いとゞ心も法の門。出づる名残を如何にせん。
「旅人の。着るてふ笠のすげなくも。一村雨と振り捨てゝ。何方に日も暮れぬ。此宿りにも留めまほし。
「星の逢瀬も程近き。御住家とは是やらん。
「恥かしながら中川の。
「宿りはこゝも。
「軒旧りて
「数ならぬ伏屋に。生ふる名のみは箒木の。梢に鳴くは空蝉の。あるかと見れば其まゝ。道にあやなくなりにけり。\/。(中入)
「さては此世別れし空蝉の。現に顕はれ給ひけるぞや。いざや御跡弔はんと。
「夜もすがら。思ふや法の苔衣。\/。袂に月の隈もなき。此妙経を読誦して。彼御跡を弔ふとかや。\/。
「あら有難の御弔ひやな。此御経は有情非情も。漏るゝ方なき妙典の。功力に引かれて空蝉の。うつゝなき世を忘草。菩提の種となりたるぞや。有難や。
「不思議なやまどろむとしもなき東雲に。夢か現か空蝉の。姿顕はし給ふ事。
「唯是れ法の不思議なれば。
「即ち歌舞の菩薩の舞。
「恥かしや。声も仏事をなす蝉の。
「羽袖を返し舞ふとかや。(舞)
「山の端に。雲のよこぎる宵の間は。
「出てゝも月の待たれこそすれ。
「待たれし月も遠方の。
「待たれし月も遠近人に。言葉をかはす法の縁も。隔てなき軒端の萩の。露うちはらふ風に乱るゝ。蝉の諸声こゑごゑに。鶏の音も明け行く空の。月の小筵敷妙の。風の手枕袖触れて。月のさむしろ風の手枕の。夢は覚めてぞ明けにける。

 

 「謡曲評釈第五巻 博文館」(明治40年刊)より

 

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