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●大内政弘の和歌を味わう技巧編

 

  大内政弘は大内家弟29代当主として応仁の乱などで活躍した大名です。文化的にも政治的にも優れた人物で、再評価の機運が高まっています。
 大内政弘は和歌に長けており、「拾塵和歌集」を残しています。同時代の人物で個人和歌集を編むものはそうおらず、希有なことでした。それだけ歌人としての技量と想いがあったといえます。
 そんな大内政弘の和歌を気楽に楽しみましょう、というコーナーです。門外漢ながら紹介していきます。


@『   立春風
 今朝よりはやがてのどかに吹く風の目にこそ見えね春や立つらん』

 今日から風がのどかに吹きだした、目には見えないけれど春が来たんだなあ。という意でしょうか。 
 風で季節の変りが分かるという主旨について、古今和歌集の秋の歌に、「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる(藤原敏行)」という歌があり、この歌が本歌かもとおもうくらい主旨が似ています。
 また、政弘には次のような歌もあります。

『   立秋  
 吹く風のおとよりは猶ほどもなき年の半におどろかれぬる』

 こちらは本歌取りではなく、敏行の歌の連歌取りの発想で作られたのかもしれません。
敏行「目には見えないけど風の音におどろいた」
政弘「いや、風の音よりもう年の半ばということにおどろいた」
と会話みたいになってますから。
 蕪村は敏行の歌をもって「秋来ぬと合点させたる嚏(くさめ=くしゃみ)かな」という句を作ってます。俳諧らしい転換です。政弘の連歌らしい転換は、肉体のユーモアではなく頭のユーモアを使っており、それが俳諧と堂上連歌のちがいかとおもいました。


A『   雨中花
 見る人も花もしほるる木の本に匂ひぞぬれぬ夕暮の雨』

 「桜の花の匂いも濡れる」という発想は、よくおもいついたなあとおもいます。実際に雨の日に桜の木の下で香りを感じたことがあったのでしょう。
 桜を見ている人も花も雨で萎れ気味。木の本というのは木の下で雨宿りでもしているのでしょうか。いや大きな葉っぱがあるならまだしもとても雨宿りにはならないから、きっとけっこうな雨量で目が開けづらく、木から離れると桜が見づらいから間近にいるのかも。いやそれも違いますね。降られているとはおもわない萎れる程度の雨で、濡れているのは匂いだけというのならきっと春雨のような細かい雨でしょう。これは春雨の歌です。


B『   澗底蛍
 蛍かも菊咲く秋にあらねども星をうかぶる谷川の水』

 川に黄色く輝いているのは菊かな?いや星だ、いやいやもしかしたらホタルかも。という歌です。
 ホタルの光から菊や星を連想するというところが面白いか、面白くないかということにこの歌の面白みのすべてがかかっています。
 みなさんならホタルの光をなにに喩えますか。考えてみたらわかりますが、なかなか菊はおもいつきません。また菊をみて星を連想するということもなかなかありません。しかし蛍から星はよくあります。この歌では、蛍を星に喩えてありきたりになってしまうところを間に菊をいれて意外性を出しているような気がします。


C『   夕虫
 野辺よりも思へばふかきあはれかなうつす虫籠の夕暮の声』

 あるところでこの和歌こそ虫籠という言葉が初めて使われた和歌かもしれないと紹介されていました。これまでにない素材を扱うとは、政弘はいまでいうところの前衛作家でしょうか。そういえば山口に住んで、政弘ともよく語らったとおもわれる雪舟も当時は前衛だったという見方がありますが、その雪舟の影響でしょうか。政弘と雪舟の会話は殿様と雇われ画家の会話でなく、芸術家同士としての会話が主だったかもしれないという見方はいままでされたことがありませんが、そうであってもおかしくないと思えば大内政弘への見方が変わってきませんか。


D『   野水
 沢水は茂る草葉に見えわかで野べに鴫たつ夏の夕暮れ』

 鴫(しぎ)とはどんな鳥だろう、何かの別名かしらとおもっていましたら、鴫という鳥がちゃんといるそうです。
 さて「沢」に「鴫たつ」に「夕暮れ」とくれば思い出すのは、「こころなき身にもあわれはしられけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ」という西行の歌です。当時の人もそうだったでしょう。そして次に自然と出てくるのは「見渡せば花ももみじもなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ 」という藤原定家の歌と、「さびしさはその色としもなかりけりまき立つ山の秋の夕暮れ」という寂連法師の歌です。これら三つは「三夕の歌」として有名です。「秋の夕暮れ」という言葉で終わる歌ベスト3という意味です。
 で、政弘はこれらのことを意識にとめつつ、「夏の夕暮れ」を詠んだものです(ちなみに鴫は秋の季語になります)。この歌、夏の川辺の涼しさがよくでているよい歌だと思います。鴫といえば秋の寂しさとおもっていた既成概念をくつがえしたんじゃないでしょうか。


E『  冬沢露
 朝ぼらけ沢の小舟にさす棹のしづくの露も氷る頃かな』

 この歌は、広い視野からどんどんカメラをズームアップしていって、小舟、棹、しづくとミクロなものに視点がうつっています。ただそれだけを詠んだ歌です。わかりやすくて、いい歌ですね。


F『   冬里月
 人もなき巷はるかに影ふけて霜にかさなる冬の夜の月』

 県庁と山口大神宮のあいだの道をずっとのぼっていくと五十鈴川ダムがある細い谷に入ります。そこは政弘が隠居した法泉寺があった場所です。そこからだとサビエル教会がそびえる亀山ごしに商店街付近がみえます。そうして商店街のむこうの東山の上がちょうど月の通り道です。もしかしたら巷とは山口の町のことで、これは法泉寺から詠んだ風景かもしれません。
 この歌は政弘の和歌のなかでも秀歌になるとおもいます。「霜にかさなる冬の夜の月」とは月光によって霜が光っていることでしょう。そのまえの「影ふけて」が闇をあらわし、対比もきいてます。


G『    遠雪
 雪なれや都の北はおしなべてただ白雲のかかる山かな』

 寒冷前線は北からやってきて、雪をふくんだ雲も北から来ます。盆地の京都だと北側に山の峰が横一直線にならんでみえます。その峰にどーんと白雲がおしかぶるようにかかっている光景でしょう。写実の力が歌に力を与えています。
 「おしなべて」と「ただ」という平凡な言葉のコンビネーションが効いてます。この言葉で山と雲に限定されるんですから。山口盆地のように小さな盆地だったら眺めて山に生える草木が気になったでしょうが、京都の盆地は大きすぎて眺めても雲と山しか見えないんですから写実的といっていいでしょう。
 この歌、「おしなべて」という言葉をおもいついたとき、出来たとおもいます。
 この歌にかぎらず、政弘は写実力に秀でてます。政弘の現実的なところがうかがえます。


 ※引用はいずれも「私家集大成6・新編国歌大観8『拾塵和歌集』(角川書店刊行)」より
 

 

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