大内文化コラム

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●姫山伝説

 山口盆地に優美な稜線をみせている姫山には、地元でも有名な伝説があります。
姫山の登山口に、「大内さとづくりまちづくり推進協議会」が設置した説明看板があり、そこに、このように紹介されています。

「その昔、殿様が、美女を見初めて、無体な恋慕をよせ、殿中に捕らえ入れて想いをとげようとしたが、美女は節操固く殿様の邪意を受け入れなかった。殿様は美女を縛って城の井戸に釣り下げ蛇ぜめにした。美女は悶え苦しみ、美しく生まれた身のつらさを、二度と後々の女性にさせぬため
『この山の上から見えるかぎりの土地では、永久に容色兼英の女性は生まれぬように』
と悲しみ悶え死んだという。」

この伝説は、調べたところ、有名なわりには、あまり本には掲載されていません。
また、本によっては、「殿様」や「美女」の設定が微妙に違います。
調べたかぎりで判明した「姫山伝説」を下記に掲載します。
文章はリライトしていますが、設定や、美女のいまわの台詞など、根幹部分はそのまま転載しています。
読み比べてみて下さい。



昭和6年刊行 「趣味の山口」防長史談会編(1992年復刻版)
「山口の城下に美人がいた。この土地を支配する殿様が彼女を見染めた。殿様は館に来るよう申しつけ、御意に従うようにと命じたが、彼女は屈することを潔しとしなかった。
彼女は或る夜いましめの縄をかけられ、密かに姫山の頂に送られた。そしてここで裸体にされて古井戸の中になげこまれ、そのうえ数多の蛇で責め殺された。
臨終の苦悶に彼女の叫んだ、
『美貌に生れた身のつらさを二度と後の世の女性にさせない為このお山から見える限りの土地には今後永代美貌の人を生ませない』
という呪いの言葉が真実になってその後は絶えて山口付近に美人が生まれなくなった。」
(伝説の山口−伝説の姫山)


昭和8年刊行 山口市史
「姫山に、昔或る、豪族が意に従わざる美女を古井戸に投じ、其の上多数の蛇を入れて惨死せしめたという伝説がある。」
(伝説雑録 一六、蛇責)


昭和10年刊行 「日本各地伝説集(山陰・九州篇)」大木紅塔著 国元出版社発行
「山口長者の娘お万は山口きっての美人だった。お万は旅姿の若衆に惚れ、相思相愛になった。町の若殿はお万をいつかわがものにしようとおもっていたので、その噂を耳にしてあわてた。若殿は山口長者を呼び出した。
『お万を私のそばで召し使いたい』
すでに長者は娘と若衆の仲を認めていたので困った。
『私の一存では決められません。娘に承諾させねば』
お万は嫌がり、長者は断りに御殿へ行った。
長者はそのまま留置され、お万も捕まった。
『意に従わねば、父の命はないぞ』
『この事以外ならば』
父はその場で殺され、お万は姫山にこしらえられた荒木の檻の中で蛇責めにあった。
『自分たちの不幸はわらわの美貌がゆえの災厄であった。これから町に生まれる娘共には決して美しい顔容を与えまい』
とお万は祈りつづけて亡くなった。
幾年かのち、若殿の残虐性に山口の町で暴動が起こった。首謀は旅姿の若衆だったという。」
(美貌を徂む長者の娘(山口県山口市)山口町は美人の出来ぬ町)


昭和33年刊行 「大内村誌」大内公民館
「大昔、山口に美女がいた。ある日、山口に居た殿様が見染め、美女を召し、意に従うよう迫ったが、他に約束した人がいたのか、どうしても従わぬ。殿様は、美女を姫山の頂上の古井戸に投げこみ、井戸の中の蛇をして蛇責めにして殺した。
美女の死ぬときに、
『私は美女に生まれたばかりにこんな苦しみをうけることになった。後の世の女性のために、この山から見えるかぎりの土地には、美女は生れさせぬ』
といった。
それからは、山口には美女は生れぬことになった。」
(第十三章 伝説と民俗 第一節 伝説  一 姫山の美人伝説)


昭和46年刊行 「山口市史各説編」山口市
「むかしむかし山口の城下に美女がいた。山口を治める殿様が見染めて、館へ召し、意に従うよう命じたが、美女には他に意中の人がいたので、従わなかった。
殿様は、美女に縄をうたせて姫山に送り、頂上にある古井戸に投げ混み、その中へあまたの蛇を投げ入れて、蛇責めにした。
美女は苦しみの中で、
『この身がかりそめの美しさに生まれたばかりにうけるこの苦しみを、二度と後の世の女性にはさせないためにも、この山から見えるかぎりの土地には、これから後は美しい人を生まれさせはせぬ』
と叫びながら死んだという。
それからは、この美女の呪詛がほんとうになったのか、山口には美女が生れぬことになったという。」


昭和47年刊行 「平川文化散歩」石川卓美著 山口市平川公民館
「昔、大内氏が栄華をきわめたころのことらしい、山口に美女がいた。殿様が美女を見そめて殿中に捕らえいれて思いをとげようとした。美女は殿様の邪恋を受け入れなかった。
殿様はある夜家来に命じて、美女を縛って姫山の上にある城に連れて行かせ、井戸の底につり下げて美女を蛇責めにさせた。
美女はいまわの言葉に、
『美しく生れた身のつらさを、二度と後の世にさせないために、この山の上から見える限りの土地では、これから後、永久に女性は容色美しく生まれないように』
といって死んだという。」


昭和59年刊行 「歴史物語シリーズF山口吉敷歴史物語」瀬戸内物産居o版部発行
「昔山口に美女がいたが、城主の意に従わなかったので、姫山の城中の井戸で蛇責めにされた。女は美しく生れた不幸を呪って死んだので、その後山口には美人が生まれないようになった。」


 平成6年刊行 「防長歴史探訪 三」山口銀行編・刊
「姫山のふもとに美女が住んでいた。この美女を土地の領主が見染めた。領主は強引にわがものにしようとしたが、美女はこばみつづけた。
怒った領主は美女を、姫山の井戸に投げこみ、蛇責めにして殺してしまった。
美女のいまわの言葉は、
『なまじっか美人に生まれたために、この苦しみにあわねばならない。二度とこのような苦しみにあわないためにも、この姫山から見える土地に美人が生まれないように』
というものであった。」
(悲しむ女性の物語−姫山伝説(山口市))


平成17年刊行 「図説山口・防府の歴史 山口県の歴史シリーズ」郷土出版社
「姫山の附近に美女が住んでいた。美女を見初めた領主がわがものにしようとしたが、美女は拒みつづけた。怒った領主は姫山の上にある城へ連れていき、井戸に投げこんで蛇責めにして殺したという。美女のいまわの際の言葉は、
『美しく生まれたばかりにこの苦しみを味わう。二度とのちの女性にこの苦しみをさせないために、この山の上から見える限りの土地では、これから以後、永久に女性は美しく生れないように』
と、悲しんで死んだという。」
(山口への侵入をさえぎる要地の山城 伝説の残る姫山)

 

 姫山伝説の歴史的史実も記された論文はこちら「姫山伝説を描く」

 

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