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大内氏概略

第2回 凌雲寺跡惣門遺構

史跡 大内氏遺跡・凌雲寺跡
昭和三四年一一月二七日 国指定

凌雲寺は大内氏三十代義興を開基とし了庵桂悟を開山として、永正四年頃(一五〇七)この地に創建されたと伝えられている。廃寺の年月は不明であるが、恐らく大内氏滅亡の後いつの時代かに廃されたものと思われる。

寺は舌状をなして南に延びる台地上に営まれたもので、注目すべきは台地の南端を東西に横切る長い石垣である。これはこの寺の惣門の遺構と伝えられ、長さ約六十米、高さ三米余で、巾は二米余ある。巨岩をもって築かれていて、まことに豪壮であって、寺の位置地形等から考え、有事に備えての城塞の役を兼ねたものと思われる。

指定区域内には凌雲寺開山塔、大内義興及びその夫人の墓と称する石塔三基が残っている。
管理団体 山口市


石垣を横からみる

凌雲寺は、山口から、周防灘の特牛港へ通じる街道のそばにあります。特牛港は大内氏が朝鮮半島との貿易に利用した港です。

さて、この惣門の石垣。日本の城の石垣はたいてい片面が石を積んだもので、もう片面は土手になっていますが、凌雲寺の石垣は、両面大きな石が積みあげられ、そのあいだは小石で埋められています。

これは、朝鮮半島の城の石垣や、沖縄のグスクのような印象があるそうです。朝鮮半島との交流の跡がうかがえる貴重な史跡です。


石垣から吉敷方面を眺める

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