大内文化の遺産

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京都文化と大陸文化の受容ち融合による 国際性豊かな独自の文化
 

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大内文化とは
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独自の要素を持つ文化財

瑠璃光寺五重塔るりこうじごじゅうのとう
瑠璃光寺五重塔大内盛見が兄の菩提を弔うために建立しました。初層内部の仏像を安置する須弥壇[しゅみだん]は円形で、他に類がありません。近世初期に萩への移転が計画されましたが、山口町民の嘆願により差し置かれました。

古熊神社拝殿[ふるくまじんじゃはいでん]
古熊神社大内弘世が京都から勧請したものと伝えられており、「楼拝殿造り」と呼ばれる大内氏治下における独自の建築様式です。楼拝殿造りでは、楼門が拝殿の役目も兼ねるため、床板が張られています。

常栄寺庭園[じょうえいじていえん]
常栄寺庭園ユネスコが選定した「世界十大文化人」の一人である雪舟が作庭したとされています。雪舟は、遣明使節として明国の画風を学び、帰国後も山口を活動の拠点として多くの優れた絵画作品を創り出しました。

興隆寺跡[こうりゅうじあと]
「興隆寺伽藍図」興隆寺蔵大内氏の氏寺として栄え、日本と朝鮮の意匠が入り混じった和韓混淆鐘[わかんこんこうしょう]という珍しい型式の梵鐘が現存します。

→「興隆寺伽藍図」興隆寺蔵
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