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山口の成り立ち

西の京山口

山口古図(小)
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 『山口古図』(山口県文書館蔵・右写真)の記載から、1360年頃、大内弘世は、大内氏歴代の本拠地大内から山口に居館を移し、京都を模して町づくりを行ったといわれています。弘世は、山口の中央に居館を構え、町を縦横に区画し、町名には大路・小路の名を付すなど京都の風雅を取り入れ、神社としては祇園社や北野天神を京都から勧請しました。
 また、山口は京都に似て、風水における四神相応の地(東北西の三方が山で囲まれ、南に平野・河川が配されている。)であり、中央を貫流する一の坂川は京都の鴨川に見立てられたといわれています。