大内文化の遺産

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山口を本拠とした大内氏
 

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栄華を極めた大内氏

大内弘世の銅像と瑠璃光寺五重塔  24代弘世以降、尼子氏や毛利氏との戦いに敗れて衰退、滅亡するまでの約200年間、大内氏は山口を本拠として栄華を極めました。
 大内氏は、朝鮮王朝の求めに応じて倭寇禁圧のための軍勢を派遣するなど、朝鮮王朝や明国と積極的に通交、交易を行いました。これにより得られた莫大な富や、強大な軍事力を背景に、守護として国内の政治的動きで大きな役割を果たしました。
 また、山口は、16世紀中頃の史料である宣教師サビエルの書簡によると、「日本で最強の領主(大内義隆)がいる」、「一万人以上の人びとが住み」と紹介されるほどに繁栄していました。