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トップ山口と大内氏>大内氏略年表(24〜28代)

大内氏略年表24〜28代 系図はこちら  

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24代弘世(ひろよ)
24代弘世(ひろよ)銅像長門国の守護厚東氏を討伐して、周防・長門国守護に、石見国の南朝勢力を駆逐して、石見国守護に任じられる。

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25代義弘(よしひろ)
義弘図1391年、明徳の乱(和泉等11カ国の守護山名氏の謀反)における功績で、和泉・紀伊国の守護に任じられ、周防・長門・豊前・石見国と合わせて6カ国の守護となる。
1392年、将軍足利義満の命を受けて南北両朝の和睦を調停する。
1399年、義満の大守護抑圧政策にあい、応永の乱(義弘と義満の戦い)により堺で戦死する。
◆対朝鮮貿易を開始する。

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26代盛見(もりはる)
県指定文化財「木造大内盛見坐像」洞春寺蔵
県指定文化財「木造大内盛見坐像」
洞春寺蔵
幕府から周防・長門2カ国の所領を安堵された弘茂を攻め滅ぼして家督を継ぎ、その後、幕府と和解し、周防・長門・豊後・筑前4カ国の守護となる。
1431年、少弐氏と筑前国で戦い、戦死する。

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27代持世(もちよ)
家督相続をめぐる持盛との争いのため、度々豊前国に出陣し、これを攻め滅ぼす。
1441年、嘉吉の乱(播磨等3カ国の守護赤松氏が将軍足利義教を殺害)の際に重傷を負ったことが原因で亡くなる。

28代教弘(のりひろ)
幕府の命を受けて少弐氏を筑前国で討つが、伊予国の守護河野氏を援助し、細川氏と戦うために出陣した直後に病死する。
◆朝鮮王朝から通信符を与えられ、交易の自由を保障される。