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龍福寺本堂見学

■  史跡大内氏館跡第28・30次調査現地説明会

山口市では、史跡大内氏館跡の復元整備に伴う発掘調査を実施しています。昨年度は、史跡指定地東南部で確認された池泉庭園北岸部の発掘調査(第28次調査)のほか、史跡指定地北部の試掘調査(第30次調査)が行われました。

その結果、第28次調査では、高級陶磁器などを収めたとみられる蔵の跡や、台所跡(あるいは湯屋)の一部とみられる石組カマドのほか、池泉庭園へ水を注ぎ入れる石組水路が確認されました。また、第30次調査では、約30基みつかった土坑のうちの1基から、魚骨などの食物残滓が宴会用の器(土師器皿)とともに発見され、当時の食生活をうかがい知る貴重な資料が得られました。

以上の成果をふまえて、山口市文化財保護課により7月8日現地で市民への説明会が行われました。

当日は雨模様にもかかわらず約80名の市民が説明会に来られました。

この地に大内氏館ができたのは15世紀中頃と考えられています。16世紀中頃に大内氏が滅亡するまでの100年間に少なくとも5回の改修が行われ、次第に敷地がひろがっていきました。ブルーシートが横たわっているあたりが東辺の最大域で、画像中央に東門があったのではないかと考えられています。

龍福寺東側にひろがる発掘現場です。

画像奥、ブルーシートが掛かっているあたりが、大内義興のときに作られた池泉庭園です。全長約40メートルの大きな池をもち、池のなかには中島があったようです。

今回の説明会ではその池の北側に出てきた石組の溝、蔵跡、カマド跡について話されました。

画像は2基のカマド跡です。

いままでは湯屋の一部か台所の一部といわれていました。今回の再調査で、建物の中でのカマドの位置と向き、周辺で盛付用の器や調理具が出土していることから、台所説が有利となってきました。

今回の発掘では、埋まった土をフルイに入れて水洗いしたところ、魚などの骨が大量に見つかりました。

宴会での食べかすを捨てたものではないかと考えられてます。魚の骨は熱を受けているらしく、タイやスズキ類の骨が多かったとのことです。また文献上の記録とは対照的に、大型魚の骨は意外と少なかったようです。

大内氏館跡で出土する90パーセント以上が素焼きの土器(土師器皿)で、宴会用で使われたと考えられています。

もともとは山口に伝統的なロクロづくりの土師器皿だけが使われていましたが、16世紀前半になると”手づくね”技法による京都系の土師器皿が使われるようになったとのことです。左画像の箸置きは、館跡より出土したもので、土師器をくにゃっと曲げて作られています。

説明会には、他にもほうろくの一部や、土中に埋もれた籾が展示されていました。

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