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龍福寺とは

■ 龍福寺とは

龍福寺本堂は室町時代に建立された建物で、国指定建造物(重要文化財)に指定されています。この本堂は、おそらく文明11(1479)年に建立されたものではないかとおもわれます。元は大内氏の氏寺興隆寺にあり、桁行7間の釈迦堂でした。現在は桁行5間に変わっており、この変化の顛末も今後の調査で明らかになるとおもいます。

■ 重要文化財「龍福寺本堂」の概要

指定年月日
昭和29年9月17日 (文化財保護委員会告示第39号) 建1,310号
所在地
山口市大殿大路字竹原 地内
所有者
山口市大殿大路119番地  龍福寺
構造及び形式
桁行五間、梁間五間、一重、入母屋造、桟瓦葺、組物出組、中備間斗束、二軒繁垂木、妻叉首組
歴史及び意匠
龍福寺は、始め白石の地にあり、18代大内満盛が創建した臨済宗の古刹で、宝珠山瑞雲寺と称した。28代大内教弘の時代に、臨済宗を曹洞宗に改めたとき、瑞雲山龍福寺と改称した。

天文20年(1551)天文の乱(陶晴賢との戦乱において、31代大内義隆が、長門国深川大寧寺で自刃)において、兵火にかかり焼失したが、弘治3年(1557)義隆の七回忌に際し、毛利隆元が、同じ天文の乱で焼失した大内氏代々の居館大殿屋形跡であった現在地(大内氏館跡・国指定史跡)に堂宇を建立し、義隆の菩提寺とした。

しかし、その建物も明治14年(1881)、禅堂と山門を残して全焼したことから、明治16年(1883)、大内氏の氏寺である吉敷郡大内村の氷上山興隆寺にあった釈迦堂を移建したのが現在の本堂である。

本堂は、方五間、出組組物、二軒繁垂木の堂々たる姿を備え、和様にわずかに唐様を取り入れた様式からなる。内部の大虹梁、板蟇股、組物等の構造手法においても見るべきものがある。

この堂の建立年代を知る資料を欠くが、形式手法から見て室町時代に属するもののようである。唐様の国宝功山寺仏殿に対し、和様を主とした形式の仏堂として重視すべきである。

興隆寺は天台宗で、大内氏の氏寺として大いに栄えた。寺伝では、推古天皇の時琳聖太子の創建と伝える。暦応4年(1341)焼失したが、貞和5年(1349)23代大内弘幸が再建した。以降、江戸時代にも寺領はかなりあり、古法を守っていたが、明治維新後寺領を失い敗頽し、本堂(釈迦堂)も明治15年龍福寺に売却され、その他の諸堂宇もことごとく取り払われ、国指定工芸品(重要文化財)の梵鐘の他は、大内氏時代の建物は姿をとどめていない。

■ よみがえる重要文化財龍福寺本堂

 龍福寺は、弘治三年(1557)、毛利隆元が大内義隆卿の菩提寺として大内氏居館跡に再興したもので、山号を瑞雲山と称し曹洞宗に属している。
 本堂は「防長風土注進案」によれば桁行九間・梁間七間半の規模を有し、その他の堂宇とともに隆盛を誇っていた。しかし、明治14年早春火災に遭い、山門・禅堂を残し烏有に帰してしまった。そのため、明治16年近郊にある興隆寺の本堂を移築してきたのが現在の本堂である。
 興隆寺は、天台宗に属し大内氏の氏寺として建立されたもので、本堂は「防長風土注進案」によれば、文明11年(1479)に再建され、その規模は七間五尺壱寸四面・桧皮葺きとある。
 和様を基調とした太い円柱、出組組物と二軒繁垂木よる深い軒の出等は、往時の姿を彷彿とさせ、内部のより太い円柱や大虹梁・板返蟇股さらに拳鼻等の構造手法や意匠において古い技法が残されているとして、昭和29年国の重要文化財に指定された。その後、屋根葺き替え修理等を行ってきたが、雨漏りや蟻害の被害がひどくなり、保存修理を行うことになった。
 破損部分を解体していくとともに、併せて移築時に行った作業の様子を調査した。その結果、「興隆寺本堂」と墨書きされた部材等の興隆寺材と移築時に取り付けた龍福寺材に区別できた。磁石や円柱をはじめ各部所に興隆寺材が数多く残存、または取り付け位置を替えてまでも残っていることが判った。そのため、文化庁や関係団体と創建当初復原が可能か協議を行い、そして所有者への説明と理解を得て、復原することになった。
 おもな変更内容は、次のとおりである。
 @修理前の桟瓦葺きの屋根を、文書等による記録から桧皮葺きに復原する。
 A後方にあった須弥壇を内陣へ異動させ、1間幅から3間幅へ拡張し来迎壁を復元する。
 B背面側に増築した東西室中等を撤去して、縁・高欄・階段を四周に巡らす。
 C正面の引き違い障子戸を蔀戸に、側面や背面中央に板扉を復原する。
 内部は、開放的な空間から各内陣境に板扉等を復原し、閉鎖的な一室に復原する。

 平成21年6月より円柱の建て方を始め、22年3月末に上棟を迎えた。そして、4月から屋根桧皮葺きの組立作業にかかり、23年2月棟に鬼瓦を据えて屋根工事を完了した。
 現在は、4月から本堂を覆っている素屋根を撤去し、外溝工事の準備を行っている。内部では、須弥壇復原の繕い作業をしている。

 修理方針 解体修理(創建当初復原)
 工事期間 着  手 平成18年 2月
      完了予定 平成23年12月

(以上、平成23年6月18日開催「よみがえる重要文化財 龍福寺本堂〜講演会・現地説明会〜」配布資料より)

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