「大内文化まちづくり」の基本理念

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修復作業の様子

平成18年4〜8月
 素屋根及び素屋根内諸設備設置
 解体用足場設置
 工作小屋・保存小屋建設
 屋根廻り:解体前の実測・仕様調査

 本堂の周囲には、6月1日以降に作業用の足場が建設され、7月末には素屋根ができあがりました。素屋根で覆われると本堂の外観は見られなくなりました。

■ 平成18年(2006年)4月16日現在


平成18年2月11日に行われた「大内氏館跡第29次調査〜龍福寺本堂保存修理に伴う事前の発掘調査〜説明会」のあと、本堂周囲の発掘していた場所は埋め戻されました。



 本堂はこのように立ち入り禁止になりました。

 

 

 

■ 平成18年(2006年)5月14日現在

本堂の周りを堀り、セメントを流し込み、素屋根の土台作りが行われていました。

 

 

 

 

■ 平成18年(2006年)6月14日現在

 素屋根の骨組みが組み立てられていました。このあと屋根と壁がつくられました。

 

 

 

 

■ 平成18年(2006年)7月11日現在

7月11日、重要文化財龍福寺本堂設計監理事務所所長高橋好夫氏の案内で、建設中の素屋根のなかを撮影させていただきました。
(工事期間中は高橋所長の御厚意で毎月内部を取材させて頂きました。のみならずさまざまな知識を御教示頂きました。あらためて感謝申し上げます。)


 本堂を横(西側)から見たところです。
 素屋根の外観はおおむね完成していました。
 このあと、素屋根を作る際に使用した足場が外されていきました。


 本堂正面から見たところです。
 すでに本堂を外からうかがうことはできませんでした。
 外壁の斜めの構造物は階段で、一般見学用です。



 階段をのぼって素屋根の中に入った所です。
 ここから窓越しに中を見学できるようになっていました。



 窓越しに見た風景です。
 屋根が間近にみえました。


 本堂の中です。
 すでに内装品は取り外されていました。
(以下紹介している場所は、一般見学はできない部分です。見学は上記の場所からのみでした。)


 柱には穴があいてます(白い点の部分)。
 かつて別の戸がそこについていたことを物語っていました。


 本堂の縁の北西側の端です。
 画像中央の白い点線で囲まれている部分は、昔はそこから斜めに角木が伸びていたという跡です。


 左画像を上からみたところ。
 木が斜めに切断されています。
 本堂の縁は、現在は後ろをのぞいた三方だけですが、昔は後ろにもまわっていたと考えられる跡です。


 屋根のまわりにぐるりと床板が設置されていました。(素屋根の中は広く、レンズからはみだしてしまうので、全体を撮影することはできませんでした。)



 屋根を支える垂木(たるき=上中央から右へ斜めにのびている木です)の、その下の様子です。



 間近で観察できるようになりました。
(写っている方が高橋所長です。)



 斗■(木扁に共)=ときょう、です。
  柱とくらべて木肌が新しく、さまざまな時代にパーツを取り替えていることがわかりました。



 本堂東側(本堂正面向かって右側)の鬼瓦です。
 素屋根のあったときは、鳥でなければみれない視点でみることができるようになっていました。



 屋根のそばに見える通路は作業用のものです。



 上画像を撮影した同じ場所から見学用ブースを撮影。



 その作業通路からみた屋根。



 本堂の南西側(本堂正面むかって左側)の角の留蓋瓦(とめぶたがわら)に、「昭和三十三年修補」という文字が刻まれていました。



 また、本堂の北西側の留蓋瓦には、大内菱が刻まれていました。
 正面から撮影したこの画像は珍しいかもしれません。

 

 

 

■ 平成18年(2006年)8月4日現在



 8月より平日公開開始となりました。



 本堂右の建物に受付があり、そこで申し込みの後、階段を上がりようになっていました。



 階段をあがった2階の見学ブースです。



 窓から本堂の屋根瓦が大迫力で見ることができました。



 2階から3階へあがる階段です。



 3階の窓より見た風景。



 素屋根の中です。



 3階からは山口盆地の風景が眺められました。

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