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修復作業の様子

■ 平成21年(2009年)11月〜平成22年(2010年)3月の作業

作業
屋根の組み立て工事


■ 平成21年11月11日現在



 今月は屋根を支える柱が設置されています。斜めに建てかけられているのがそれです。



 本堂中央の天井には格子が取り付けられました。
 今月も中に入って撮影させていただきましたので、以下にずらっと掲載します。木組みがすごいですね。

 

 

 


 ツートンカラーの木が見えます。新旧あわせて一つの柱となった木材です。現代と過去の技術の融合です。こうして技術は次代へとつながれていくのかとおもうと感慨深いです。



 龍福寺の参道は紅葉のトンネルで有名です。今年もきれいに紅葉していました。

■ 平成21年12月18日現在


 一層目の天井板がすでに貼られています。工事は着々と進んでおり、毎日がみどころです。
 来月からは二層目の天井の組み立てにとりかかることになっています。今年度中に昔の通りの形が、屋根部分だけは出来上がります。



 この日も特別に中に入らせて頂きました。



 天井板の端にこのような横木が据え付けられていますが、ここに二層目の天井を支える垂木がはめこまれていく予定です。



 天井板の幅も昔の通りです。



 昔の天井板には、このように再利用で、縦の物を横に使った跡が残っていました。



 とにかく昔の木材で使える物はこのように補修してできるだけ使われるようにされています。



 正面の横にまわると、まだ貼られている途中でした。



 こういう手順で一枚一枚置かれていきます。



 こちらは真裏に当たる部分です。



 横たわっている大きな木は、このあと二層目の天井部分を支える木です。



 新品の材木。うっすらとわん曲してます。



 こちらの大きな古い木材もこれから設置されるもので、室町時代の材木です。



 そして何と、明治時代の移築の時にでしょうか、ぶったぎって使われていたことがわかり、今回往時の長さに戻すために付け足されました。



 その隣でも、新しい材木の加工が行われていました。



 現在は、来年度から始まる檜皮葺のために屋根の部分だけが先に組み立てられており、内部はそのあとになります。



 こちらは本堂わきのプレハブ小屋の中の様子です。



 こちらでは、一分の一の設計図、つまり実物大の設計図をもとに材木の復元が行われています。



 少しでも昔の材木を使おうとする努力が現在も行われていました。

■ 平成22年1月13日現在



 1階の天井の上に、さらにその上の上層の屋根を支える梁が設置されています。



 このようにクレーンで木材を吊し、現場の人が手で動かして設置場所に据えます。



 木肌の鮮やかな色がまぶしいのは新建材です。隣に据えようとしているのは昔からの建材です。組むのには使えないけど、補強として使って残せないかと検討されています。



 継ぎ足している部分がわかるでしょうか。室町時代はもっと長かったのですが、おそらく明治の移築のときに切ってしまったものです。檜皮葺から瓦葺きに変わったことにより、長さが不要となって切られたものとおもわれます。



 室町時代はここまで延びていたのです。ただし、ここまで突き出るのは珍しいことで、あまり例がないとのこと。突き出ている部分は飾りとしてしか意味を持たないそうです。



 昔も建材はできるかぎり使われています。ここの欠けているところはあとで新建材で補強されます。



 ひび割れたものも、使われていました。



 室町時代の落書き入りの建材も、このように組まれて設置されました。

 

 

 



 これは鬼瓦の真下に取り付けられる懸魚(けぎょ)といわれる部分です。室町時代からのものです。



 新建材と、昔からの建材の高さの違いが分かりますか。この差が500年の差です。風雨にさらされて削られていったものです。

■ 平成22年1月26日現在



 2週間後です。梁の設置が終わっています。いよいよこの上にさらに屋根が組み立てられていきます。



 見た目には新建材が目立ちます。

 

 

■ 平成22年2月10日現在



 今月は最上層の屋根の再建が着々と進んでいます。

■ 平成22年2月15日現在



 上記より5日後。境内には完成予定図が貼り出されていました。

 

■ 平成22年2月26日現在



 ここまで作業が進むと、あの昔の柱がどういうふうに使われて屋根を支える部材となるのか一目瞭然です。

■ 平成22年3月16日現在

 上層の屋根ができつつあります。上層の屋根の部分を構成している木組を胸塚(むなづか)といいます。
胸塚は、明治の移転の時に短く切られているそうです。今回はもとの室町時代の長さにするため、使われていた短い材木でなく、新建材を使っています。
 瓦葺きだったのが檜皮葺に戻されるため、屋根は以前より角度が変わり、高さも僅かながら低くなるそうです。


 下層の屋根に不格好な木が何本も屋根に沿って据えられていますが、これは「はね木」といいます。その「はね木」につきささるように立っている木を母屋塚(もやづか)といいます。
 今月中に上層は胸木まで再建されます。
 

■ 平成22年3月23日現在



 ずいぶんと組木が増えたような気がします。これまで以上に大工さん達が前面にでて作業されています。



 4月以降は、上層の屋根は、屋根板を取り付けるそうです。また下層は、いよいよ檜皮葺(ひわだぶ)きが始まる予定です。

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