「大内文化まちづくり」の基本理念

HOME >> 重要文化財 龍福寺 本堂修復 >> 修復作業の様子

修復作業の様子

■ 平成23年(2011年)4月〜平成23年(2011年)12月の作業

作業
修復完了へ


■ 平成23年4月22日現在


 現在、龍福寺本堂は、周りの小屋の解体にむけてこのように覆われています。作業が遅れて、小屋が解体されるのは5月末までかかるそうで、檜皮葺の姿がお披露目されるのは6月になりそうです。



 今回、特別に中に入らせて頂きました。
 蔀戸の下が差し込まれています。



 こちらが蔀(しとみ)戸の上の扉です。



 さて、この蔀戸は室町時代の再現です。この大きさの根拠となったのが天井の穴。


 この穴は昔はひもが垂れていて、蔀戸を開けたときにひっかけて開けたままにするためのものです。この穴の位置で蔀戸の上の戸の大きさが判明しました。



 また、柱には江戸時代の留め金の跡の下に、うっすらと室町時代の留め金の跡がありました。

■ 平成23年4月28日現在



 本堂の背面はすでに取り付け終わっています。


 柱と柱の間に5つの板壁がありますが、本堂を背後からみて左側の2つが室町時代の古材をつかったものです。後日、色を塗りますので分からなくなります。記録として紹介しておきます。



  側面は、開閉しないところだけ取り付け終わり、あとの手前の3間は仮の扉だそうです。



 本堂の中は、作業場です。



 現在は、蔀戸の部材が横たわっています。


 なにやらみなさん相談されている様子。作業されている方が見つめているのが蔀戸です。この日初めて試しに上の戸が備え付けられ、具合を確認されていました。


 現場の高橋所長が抱えて開けようとしている大きな板戸が蔀戸の上の部分です。完成後は毎日このように上へ開いていかなければなりません。



 この大きな戸が、室町時代さながらに引き上げられるのです。この1枚だけではありません。何枚も。



 外から見たら尚一層見事な蔀戸です。



 蔀戸を開閉する本堂は近隣にはなく、これからの龍福寺の名物として有名になるかも知れません。

■ 平成23年5月8日現在



 いよいよ本堂を覆っていた小屋の解体が始まりました。



 高い所で作業されています。



 これだけの足場を組むのも大変な作業です。

■ 平成23年5月18日現在



 徐々に檜皮葺が見えるようになってきました。



 正面の蔀扉もみえます。こんなにも大きいのです。

 



 横から見たところです。
 ぐぐっとカメラを近づけていきます。

 



 特別に足場に上がらせていただきました。ここから眺める光景もこれが見おさめです。

 



 正面の姿です。きれいな曲線を描いています。



 当然雨も流れていくわけで、正面には雨が下に落ちないよう雨どいが設置されました。



 大きな葉っぱやごみが排水管をつまらせないよう穴に柵が設けられています。



 蔀扉の全容です。時代劇に出てきそうな雰囲気です。



 中からみたところです。



 内陣も着々と設置が進んでいます。


 内陣の囲いにはこのように横木が据えられて段差ができますので、使いやすいように後日畳がすえられ、段差を解消するそうです。



 須弥壇(しゅみだん)部分です。


 須弥壇の端の柱と接触する部分は須弥壇のアウトラインが漆で描かれています。これは室町時代に一度須弥壇を修復のために外し、もとに戻したときに漆で塗って整えたとおもわれるものです。



 ちなみに両端の柱のこの穴は、掘っただけで結局使われなかった穴だそうです。どういう改造をしようとしたのでしょう。



 天井板は、古いのや、色を塗った新しいのや、取り混ぜております。入る機会があったらどの板が古いか、新しいか、見てください。

■ 平成23年5月20日現在



 20日の様子はこの通りです。遠方から眺めても迫力あります。

■ 平成23年5月24日現在



 大分全容が明らかになってきました。
 クレーンが鉄骨を吊り上げて外して言っています。

 



 檜皮葺の屋根全部を眺められるのももうすぐです。



 現在養生中の池泉庭園は、折からの雨が溜まって、池のようでした。

 

■ 平成23年5月28日現在



 ついに檜皮葺の屋根の全容が明らかになりました。
 いかがでしょう。ぜひ実地でご覧下さい。

 

■ 平成23年6月15日現在



 現在、素屋根がはずされ、室町時代の姿によみがえった本堂の外観が常時見学でします。

 



 正面はいまはこういう感じですが、やがて欄干がとりつけられ、以前あった石の階段も正面にもどされます。



 側面の扉はまだ仮のものです。



 龍福寺資料館の外壁に、今回の修復の過程が、このように紹介されています。


 本堂正面の左側からみたところです。本堂との距離によって、本堂が大きくみえたり、小ぶりにみえたりします。遠くから、もしくは間近から見たら大きく見えます。この画像は小ぶりにみえます。



 側面の開いている場所は、完成したら出口になるところだそうです。こちらに縁側から降りる階段がつきます。



 本堂の背面では、素屋根の土台としていたコンクリートを壊している作業が行われていました。



 画像では小さく見えますが、実際に見上げたら大きなひさしであることを体感できます。



 現在、内部は公開しておりません。特別に中に入らせていただきました。
 これは内陣の扉の枠です。ほぼ完成しました。


 ここに両開きの引き戸がつきます。以前はありませんでした。室町時代の様子に戻すということで、今回からつきました。
 この内陣に入れたは、僧侶と、大内の御殿様だけだったろうとおもわれます。



 須弥壇が設置される場所の作業がすすんでいます。



 須弥壇の下部にはこのようなカラフルな板が嵌めこまれます。



 完成に向けて黙々と作業される大工さんたちです。復元修復作業は、500年前の大工との技の競争です。



 本堂の正面の縁側にたってみました。以前より縁側の幅が広くなってます。



 つり下がっている銅製のものは、屋根の雫を下にかわすものです。室町時代にはもちろんこういうのはありませんでした。

 



 新しい材木に色を塗っているところです。


 本堂の柱には釘をうった跡がたくさん残っていることに今回気づきました。おそらく江戸時代、祭事のさいに看板等をとりつけた跡ということです。


 本堂わきの作業場では須弥壇の修復作業が行われていました。やがてこれが設置されるわけです。
 実寸大の設計図をもとに、昔の姿はこうじゃないかと試行錯誤しながら作業されていました。

 

 

■ 平成23年7月22日現在



 龍福寺本堂の修復作業は現在、本堂内部と周りの工事がすすめられています。



 室町時代にもこの威容は多くの人に感銘を与えたとおもいます。


 暑い日々に、蔀(しとみ)戸が開かれていました。
 こんな戸をもつ建物はそうそうないでしょう。室町時代の様子がわかる貴重なものです。



 重い戸を朝に夕に開閉する方には頭が下がります。


 本堂正面に設置される階段も着々と出来つつあります。
 また、素屋根の土台となっていたコンクリートもほとんど取り除かれました。

 



 横から見ても威容が実感できます。(※現在、一般の人はまだ横から見ることはできません。正面からだけです。)



 本堂の背面です。縁側に横たわっているのは昔からの高欄です。



 本尊の真後ろにあたる戸です。木枠はこれで完成ですが、扉もいずれ正式なものに変わります。



 8月22日にオープンが決まった池泉庭園です。ハスの花が咲いていました。ここも山口の新たな観光名所になるでしょう。

 

■ 平成23年8月19日現在


 現在、本堂内部と、本堂廻りの作業が行われています。
 一般の方が見られるのは右記の画像のもので、下記の画像はすべて特別に入れらせていただいたものです。



 本堂向かって左側は階段設置と、ぐるりと一周する溝が作られています。

 


 本堂背面は開き扉が設置されました。
 また背面から入ってすぐの板、須弥壇の背面板の裏側ですが、ここには江戸時代ものとおもわれる落書きがそのまま残されています。「筑前国」云々と書かれているそうです。公開のときはぜひご覧ください。

 


 本堂向かって右側は、縁側に欄干が横たえられていました。
 また、扉が設置済でした。大きさから豪快な印象を受ける開き扉です。

 


 本堂正面は、大正時代に寄進された石段をそのまま使ってますが、勾配を以前よりゆるやかにしています。
 縁側の下の板壁は風通し良く、みえやすくされており、広々としているので、猫もいつかないそうです。

 

 本堂内部では須弥壇(しゅみだん)の再建が着々とすすんでいます。以前の幅は三分の一でした。本来の姿に戻す時、三分の二の木材は失われたかとおもいきや、幸いなことに三分の一に縮める際に余った木材を上乗せして高くしていただけだったので、今回ほぼ室町時代の木材で再現できるそうです。
 このあと、国産の漆、しかも岩手産の漆で塗られていきます。現在、国内で使われる漆のうち国産は高いことと生産量が少ないことで全体の1パーセントしかシェアがありません。それを使うのです。超高級漆でしつらえられた須弥壇ということを心にとめて公開時にはご覧ください。

 


 蔀扉をささえている柱はいまだけのものです。公開時には上から吊り下げる形です。蔀扉はとても重く、中央のは一人では抱えられないくらいです。
 この本堂内部からみた景色はとてもいいものでした。

 



 内陣の扉は来月には取り付けられるそうです。右記画像でいうと、手前に開く形になる開き扉です。



 現在、本堂前では大きな穴が掘られています。火事のための貯水槽が建設中とのこと。



 また、参道も彫られていますが、これは貯水槽への水を引くためのものだそうです。



 取材したのは19日。22日は一般公開が始まる池泉庭園です。

■ 平成23年9月12日現在



 暑い日がまだまだ続いた9月、龍福寺本堂は蔀戸や扉を開放して、作業がすすめられていました。



 縁側の欄干の設置が始まってました。
 いまは白木ですが、いずれ漆を塗って、外観の色と整えるそうです。

 

 

 内部はおおむね完成していました。公開のときは床には畳が敷き詰められます。茶色が室町時代の床板で、白いのが新しい床板です。新しいのも、昔ながらにヤリカンナで表面が削られていました。
 内陣の扉も設置済です。室町時代、内陣には、御寺の関係者を除けば、大内氏当主しか入れなかったそうです。扉がつくと内陣の聖域さが実感できました。

 

 


 須弥壇も構造部分は完成していました。
 新しい白木の板と、室町時代の色つきの板と混合状態ですが、いずれ漆を塗って色を統一されるそうです。

 

 



 外陣の様子です。戸を全開にすると開放感があります。蔀戸ごしの外の風景もなかなかのものです。

 

 

 

 



 蔀戸は天井から吊り下げられた金具にひっかけてとめます。

 晴れた日の檜皮葺は青い空とマッチして大変美しいです。いま一般公開は外観だけですが、外観だけでも興趣がつきません。ぜひご覧ください。
 なお今月で本堂の作業はおおむね終わって漆塗りに入り、来月からは本堂の外回りの整備作業だそうです。

■ 平成23年10月26日現在



 紅葉の季節となりました。龍福寺参道のもみじのトンネルは有名です。11月が見ごろと思います。



 ふりかえると山門です。室町時代の姿を取り戻した本堂の姿がみえます。



 現在、周囲の整備工事がすすんでいて、参道をそのまま進んでも近くで見ることができないようになっています。



 右手から龍福寺資料館への導線は確保されているので、こちらから見るのがいちばん近いです。



 さて、今回も特別に中に入らせていただきました。中の作業は一段落ついたので蔀戸は閉められています。



 側面の戸口は開いてます。左手にあった樹木が伐採されていて、みえやすくなっています。



 柱となげしの交差したところの釘隠しは、花形の跡があったので、それに基づいて再現されたものです。



 中に入ると、外陣はこんな感じです。一般公開されるときは畳が敷き詰められていますので、床板がみられるのは今だけです。



 床板には室町時代にできた穴がそのまま残されています。こちらは内陣の須弥壇前の床板に開いていた穴です。


 こちらは外陣の中央にはめてある床板の一部です。左上と右下に傷めいたものがありますが、これは室町時代に式があったときに仏具等を釘でとめたあとではないかというお話です。何回もとめたり外したりしたためにこういう傷穴ができたようです。



 外陣と内陣のあいだに連子窓がとりつけられました。 四方を框(かまち)で作り、断面を菱形の縦子をはめ込んだ窓です。明かりとりのためにあります。

 



 内陣からみた連子窓の位置がこれです。両端にあります。



 内陣からみた姿。下の引戸は、かがまなければくぐれないくらい低いです。



 フラッシュをたかずに撮影した姿です。閉め切ったときでも連子窓のおかげで明るいです。

 この連子窓も室町時代にありました。当時もこの大きさで、その根拠となったのが、本堂向かって右側の連子窓の框部分のこの部材です。ほんの一部ですがこれが見つかったことにより(修復前は別の場所で使われていました。サイズが特殊なのでながらく元の位置が不明だったのですが、連子窓があったということがわかり、それでこの部材が連子窓の框だということが判明したそうです)、この本堂の連子窓の大きさが確定しました。



 菱形の縦子の大きさは、残っていなかったので、推測だそうです。



 この連子窓の下の鴨居は古い部材と新しい部材と組み合わされていますが、古い部材の端が丸くなっています。

 両端がそうなっています。これは、修復前は九十度回転させて別の鴨居に使われていた名残です。本来の長さを切り詰めて使われました。本堂移築のさいに明治時代の大工さんがリサイクルした跡で、平成時代の大工さんがそれをもとに戻したというわけです。



 外陣中央から内陣をみたところです。須弥壇が完成していました。この上に仏像が安置されると新たな本堂の歴史の始まりです。



 須弥壇のカラフルさが目立ちます。この色は室町時代に塗られていた色を再現したものです。

 



 その証拠が須弥壇の両側面に残された室町時代の板です。



 よーくみると赤と緑と白の名残りがあります。



 須弥壇をかこむ高欄に取り付けられている擬宝珠は推測です。



 高欄についているこの飾りは銅に金箔を貼ったものです。両側面についているものが室町時代からのものです。



 須弥壇隅から内陣をみたところ。



 内陣の隅から上記画像撮影場所にむけてさつえいしたところ。内陣の側面の扉がまだ設置されていないことがわかりますでしょうか。


 設置予定の扉は現在まだ修復中です。上の白木の新しい部分が目立ちます。下の部分は、修復前は外の障子に使われていました。室町時代はこれくらいの高さがあったのに明治時代の移築のさいに短くされたのです。



 これが室町時代からの桟です。



 表面に板を張って完成です。


 この扉が設置されたら本堂修復作業は終了です。5年に渡った修復作業もいよいよ終わりかとおもうと感慨深いです。来月には扉を設置するそうです。



 須弥壇裏側がこんな感じです。



 周囲の整備工事も今年中に終わります。一般公開はまだ未定です。楽しみですね。



 一足先に公開された室町時代の復元庭園もどうぞご覧ください。

■ 平成23年11月22日現在


 龍福寺参道の紅葉のトンネルが色づきました。
 徐々に注目を集めている復元本堂です。一般公開が始まったあかつきには大勢の方々が見に来られるのではないでしょうか。

 



 いまはまだ縁側に上がるには許可がいりますが、いずれここにみなさんあがって観覧できるようになります。



 本堂正面前の庭は整備が終わってます



 ただ、火災予防のための消防施設設置工事がまだ終わってませんので、正面はこのようにフェンスで囲われています。



 堂々たる風格です。雪舟が出てきそうな室町時代そのままの姿です。



 本堂に向かって左側の側面です。



 龍福寺資料館があの位置にみえます。



 こちらも整備工事がすすんでいます。


 縁側の板はおおむね新しいものです。節が模様のように目立ちます。室町時代もこのような板を使っていたそうで、柾目だけのきれいな縁側の板というぜいたくなものは近世以降だそうです。



 柱も節がたくさんついてます。500年もたてば節のまわりが風化して、節が飛び出て来ています。


 柱と縁側の交差部分。今回の修理復元作業を象徴する場所だと思います。新しいのと古いのと、古いのを修理したのと混在しています。



 本堂の裏側です。



 縁側からはこんな視野です。



 かつてあったお寺の事務所からの入口は、すこし奥へ伸びて通路新築中です。本堂へのは入口が少し奥へずれたので。



 入口正面は復元中。



 本堂向かって右側の庭は元通りになりました。この下に室町時代の庭がもう一つ眠っています。



 本堂の中の外陣です。蔀戸を開いたときに吊る金具が並んでぶら下がっているのが目立ちます。


 そして今月から現代的な設備が付けくわえられ始めました。真の室町時代の姿は先月までだったのです。龍福寺は現在も多くの檀家さんを抱えているので必要なのです。



 こちらは内陣。



 いずれこの天井に電球がつくのです。


 内陣には、本来の板の上に仮板が据えられていました。このうえに畳を敷くのです。仮板は取り外しもできますので、いつか機会があれば全面板床姿を見る機会があるかもしれません。。



 須弥壇のすぐそばは畳は敷かれませんので室町時代の板が露呈してます。



 なのでこういう猫足模様も見れます。



 これは江戸時代以前に何かを差して立ててつかった時の穴です。こういうのも見られます。


 左のほうは新しい床板で、槍かんなで削った跡がくっきり残っています。右の古い板も500年前に槍かんなで削ったものですが風化して平らになっています。



 さて、内陣には格子戸がつきました。



 須弥壇の仏様からみて美しい格好になるよう、ぴっちりと作られています。


 外陣から須弥壇を見た様子。人影は龍福寺本堂設計修理事務所所長の高橋さんです。5年に渡る修復の指揮を12月に終え、別の赴任地にたたれます。



 一般公開後は格子戸をしめた状態で内陣をみることになるかもしれません。その場合の光景です。



 格子戸は柱にこうやってとめます。



 ちゃんと格子戸のこの位置に、そして柱のこの位置に跡があったそうです。



 格子戸の溝にも跡があり、間違いない構造再現です。


 ちなみにこの格子戸は、以前は外側の障子に使われていました。障子にしては立派な桟だとおもってましたが、どおりで。



 本尊設置前の、からっぽの須弥壇がみれるのもいまだけです。



 本邦初公開。須弥壇の下。もちろん一般には非公開部分です。


 須弥壇わきにも扉が設置されました。この形式の戸を舞良戸(まいらど)というそうです。もっとも創建当初はこの戸はなく、そのあとで追加で設置されたと推測されています。



 須弥壇の裏側です。ブレーカーがこの位置にあります。


 カメラのフラッシュのみの明かりで撮影した、内陣から外陣への出入り口です。暗さを感じさせるところが室町時代っぽいですが、いずれここの天井にも照明がつくと思います。

■ 平成23年12月10日現在



 この日、畳入れが行われました。(画像は内陣)



 畳の縁は横です。


 畳の幅は、普通のより狭くなっています。ちょうど座布団が一枚、収まるくらい。お寺の行事で使いやすいよう、そうなっています。内陣に五列は席がとれるということです。



 畳が入ると印象が変わります。

■ 平成23年12月13日現在



 師走です。年末に向けて何かと追い込みの時期です。修復作業もいよいよ終了間近ということで急ピッチで進んでいます。



 本堂前はこんなふうにきれいになっています。


 本堂正面にはアルミサッシでガラスが入ります。これで雨風がしのげて、いかなるときでも蔀戸を開ける事ができるというわけです。



 縁側の上にも吊り灯篭がつきました。室町時代にはなかったのでしょうが。



 本堂左手は整備がすすんでいます。これまであった作業場も着々と解体されて姿を消していっています。



 石垣もふたたび姿を見せました。



 本堂うしろの家屋と、本堂をつなげていた渡り廊下は位置を替えました。



 こちらに移りました。



 本堂左から見たところです。新たに桜の木が植えられました。いずれ花見の名所になればいいですね。



 畳が敷き詰められた内陣です。



 閉め切るとこういう感じです。



 天井の照明もつきました。



 内陣から外陣をみたところです。



 電気系統はできるだけ目立たないように設置されました。



 今回から監視カメラもつきました。これで警備は万全です。



 外陣の整備も終わりました。清々しい感じがします。

 



 正面の蔀戸は、手動でなく、ウインチで巻き上げられるようになっています。これで簡単に開ける事ができます。

 



 本堂の左手が出口になります。



 意匠のこの黒いのは室町時代の再現です。



 木に跡が残っていたので、忠実に再現できました。

■ 平成23年12月21日現在



 本堂の表にサッシが入りました。



 受付口も完成間近です。ここは江戸時代の雰囲気です。



 作業小屋はすでに撤去されて、整備が進んでいます。

HOME | ↑ このページのトップに戻る |