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山口市の史跡

第16回 嘉村礒多生家

仁保にあります茅葺きのこの家は、嘉村礒多の生家です。現在、外観のみ見ることができます。
 嘉村礒多は、1897(明治30)年にこの地に生まれました。少年時代から文学に親しみ、特に徳富蘆花の「自然と人生」を愛読しました。さらに親鸞の教えに出合い影響を受けました。
 1925(大正14)年、文学の世界に自己の表現を求めて上京、処女作「業苦」、続いて「崖の下」を発表し文壇に登場、後に「途上」「神前結婚」などの名作を世に出し、私小説の極北と評され昭和初期の文壇で確たる地位を築きました。
 1933(昭和8)年、東京で数え年37歳の若さで他界、わずか6年の作家生活を閉じました。
 彼の作品「上ヶ山の里」の〈私は都会で死にたくない/異郷の土にこの骨を埋めてはあんらない〉の希いどおり、古里の地にかえり永遠の眠りにつきました。

 この建物は平成22年11月に、宿泊施設「帰郷庵」として、スタートを切りました。
くわしくは、「山口の新たな観光施設・帰郷庵」をご覧下さい。

 家は石垣の上にあります。駐車場があり、説明プレートが設置されています。
 生家から見た眺め。仁保盆地の一番奥に位置しています。生家をすぎれば峠があり、徳地方面へぬけます。

すぐそばには地元に人が作成されたからくり人形が動いています。

 生家の前の山ぎわの道は「嘉村礒多の道」と名づけられ、礒多の墓までつづいています。

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