山口市の幕末維新の歴史

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幕末の史跡

第4回 小郡御茶屋跡・勘場跡

■ 御茶屋(おちゃや)跡

御茶屋は、藩の公的な宿泊施設であって、もともと藩主の参勤道中や国内巡行の便宜のため、藩内各地に設けられたものであった。しかし、山陽道筋の五カ所の御茶屋(当所を含む)は、幕府役人や九州諸大名の参勤交代の通行時に利用される藩外交上の大切な施設でもあった。 幕末期の記録によると、建坪は138坪(約456平方メートル)であった。表方は土塀で囲まれ、門は二重に設けられていた。建物の真ん中には中庭があり、それを二三の部屋が取り囲んでいた。建物の右方にある御座の間(殿様の宿泊場所)の屋根は茅葺きであり、表門の近くに駕籠蔵があった。

■ 勘場(かんば)跡

勘場は、萩から出張して来る代官の勤務する所で御茶屋に隣接し、建坪が105坪(約350平方メートル)で、付設の物品蔵などの建物が三軒あった。 勘場には大庄屋が毎日出勤し、算用師などの勘場地下(じげ)役人を指図して、行政を取り仕切っていた。

平成13年3月31日  山口市教育委員会
(案内看板より)


近撮。 右に曲がればすぐ 「山口市小郡ふれあいセンター」。

正面の木のあたりが御茶屋跡。 昔ながらの落ち着いた雰囲気の通りがあります。


さらに先をいくとこういう道があります。 この辺は江戸時代の名残香が漂う素敵な場所です。

案内板

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